約 1,893,877 件
https://w.atwiki.jp/anozero/pages/1570.html
ルイズたちは、全員でカトレアの馬車に乗り込んだ。 あれだけの動物がいて、しかもこの人数だというのに乗れこめる馬車とは。それだけでただごとではない。 しかし、問題なのは…… 『…姉さま。ちょっと聞いていい?ちいねえちゃん、どうしちゃったの?』 ひそひそ声でルイズ。 『知らないわよ…。お父様には、「いい薬が手に入ったから、試してみる」って一月前に連絡があったけど…』 涼しげな表情のアルベルトにガンを飛ばしていたエレオノールが、我にかえって同じくひそひそと返す。。 2人がうつした視線の先には、鼻血をたらして実に幸せそうな表情のカトレアがいる。 「おかしいな。」 と、首を捻ったのはバビル2世である。脂汗までかいていて、様子がただ事ではない。その様子を見てルイズが肘でわき腹をつつき 「何がおかしいのよ?」 「……いや、ぼくのことを『バビル2世』と呼んだから、なぜ正体を知っているのかと思い心を読んだんだ。」 それを聞いてルイズが青筋を立てて、固まる。 「ちょっと…ビッグ・ファイア……。誰がちいねえちゃんの心を読んでいいって言ったの……?」 自分が先ほどまでエレオノールにやられていたように、バビル2世の頬をつねって捻るルイズ。プロレスラー曰く、「本当に痛い技」、栄光の第1に輝いた「つねり」だ。さすがの超能力少年といえども、堪える。 「この覗き魔!田代!デバ亀!で、心を読んでどうだったっていうの?」 「結局訊くんだな。」 さんざん人を罵ったあげく、内容を尋ねるルイズにあきれ返るバビル2世。うっさいわね、とルイズがチョップをかます。 バビル2世は頭を押さえながら、 「いや、心を読んだんだが、読めないんだ。」 「はあ?」 「だから、心を読んだんだけど、読めなかったんだ。まるでヨミの心を読もうとしたときのように…。いったいきみのお姉さんは何者なんだい?」 ルイズは、あらためて上の姉、カトレアを見た。外見はまるで変わっていない。だが、雰囲気が変わったというか、あの病弱だった姉が生気に満ち溢れているような気がする。なにがあったというのだろうか。 ……そういえばなんのためにラ・ヴァリエール家に向かっていたんだっけ? そのころ、魔法学院。 キュルケとタバサはがらんとしてしまったアウストリの広場を歩いていた。 「いやいや、ほんとに戦争って感じねぇ」 両手を挙げて首を捻るキュルケ。そう、教師も生徒も、男に属するものはほとんど白伐に参加したのだ。教師連中は正規兵として、部下を与えられすでにラ・ロシェールに赴いているはずだ。生徒は今頃即席の士官教育を受けているころだろう。キュルケの祖国、ゲルマニアも同盟軍としてラ・ロシェールに第1陣が到着しているはずだ。ちなみに、キュルケも軍に志願したが、女子ということで却下されたのだ。 2人は行くあてもなく、ぶらぶらと歩き、火の塔前にやってきた。つまりコルベールの研究室近くにやってきたのだ。そこではコルベールが、他の教師は出征したというのに、一生懸命ゼロ戦にかじりついていた。 「お忙しようですわね?」 キュルケは、コルベールにイヤミの混じった声で言った。 「ん?」とコルベールは顔を上げ、にっこりと笑った。 「おお、ミス・ツェルプストー。きみにいつか、火の使い方について講義を受けたことがあったな。」 「……ミスタ・コルベール、あなたは堕落しました!」 どっかの究極超人の妹のように、キュルケは言う。学院の男たちのほとんどは戦に赴くというのに… 「ん?ああ……ゆっさは嫌いでね。」 鹿児島弁でなぜか戦というコルベールは、キュルケから顔を背けた。キュルケは軽蔑の色を顔に浮かべ、鼻を鳴らす。 「同じ火の使い手として恥ずかしいですわ。」 男らしくない。目の前の戦から逃げ出しているようにしか見えない。炎蛇の二つ名を持ちながら、この教師は戦が苦手と言い放つ。 「ミス……いいかね、火の見せ場は…」 「戦いだけではない、とおっしゃりたいのでしょう?聞き飽きましたわ!臆病者のたわごとにしか聞こえませんわ!」 ぷいっと顔を逸らし、キュルケはタバサを促し歩き去っていく。コルベールはその背中を見守りながら、さびしそうなため息をついた。 研究室に戻ったコルベールは、机にしまってある箱から、炎のように赤く光るルビーの指輪を取り出し、それを眺める。 「破壊だけが、火の見せ場ではないのだ。」 アルビオンの首都、ロンディニウムの南側にハヴィランド宮殿がある。そこは、アルビオンのまさに中心部である。ここで歴代の王が国の舵取りを行っていた。しかし、今の主は違う。すでに政権はレコン・キスタに変わっているのだ。 会議が終わり、首脳以下閣僚がどやどやと、白ホールと言われる大会議場から出てくる。その先頭にいるのは、 「クロムウェル様」 ジャンパーを着た、ぐるぐる目の男がこの国のトップである男、真性アルビオン共和国政府貴族議会議長オリヴァー・クロムウェルを呼びとめた。男の名前はディックという、ここ最近クロムウェルの秘書を勤めている男だ。 呼び止められたクロムウェルは、笑顔で他の閣僚に別れを告げるとディックの傍によっていった。だが、たしかクロムウェルは死んだはずだ。それが、なぜ…。 クロムウェルとディックは、共に近くの個室に入っていく。壁にかかった絵を押すと、部屋全体がゆっくりと下に移動していく。 「ブレランド、もう変装をといてもいいんじゃないか?」 ディックの言葉に、クロムウェルが頷いて顔を手で覆った。指の隙間から、顔面筋がぴくぴくと麻痺し、蠢いているのが見える。 クロムウェルが手を離すと、そこにはクロムウェルとは似ても似つかぬ丸顔の男がいた。 「ふー、疲れた疲れた」 「ごくろうさま」 ディックがにこやかにブレランドをねぎらう。そう、クロムウェルの死後、ブレランドが化けていたのだ。 「まったく、人使いが荒いよ。この前までアルビオンにいて、やっとガリアに帰ったと思ったら、またとんぼ返りだぜ?」 「それはしかたがないさ。ぼくも変身能力はあるけど、クロムウェルの性格を一番知っているのは、間近で見ていたブレランドしかいないんだ。」 部屋の下降が止まる。ドアを開けると、先ほどとは似ても似つかぬ、近代的な通路が広がっている。 『ディック・マキ。ブレランド。確認終了。通行ヲ許可スル。』 コンピューター音声が流れる。それを聞いて2人が廊下を歩き出す。 そして2人は大きなスクリーンのある、会議場へ入って行った。そこにはすでに他に9人の男が座っている。 この男たちこそ、ヨミが手ずからに育て上げた、対バビル2世用の部下たち、梁山泊九大天王であった。 モニターの電源がつき、男の姿を映し出す。そこにいたのは托塔天王晁蓋こと、ガリア王ジョゼフであった。 「それでは全員揃ったようなので、今から会議を始める。」 厳かにヨミが宣言する。 「まず、諸君らに感謝を述べる。おかげで我らの悲願、GR計画に完成の目処がたった。」 パチパチと盛大に拍手が起こる。 「次に、ドミノ作戦についても、敵は見事にひっかかってくれている。予定通り、アルビオンへ敵は侵攻を開始するようだ。ご存知のようにドミノ作戦には次の2つの意味がある。一つはドミノ倒し、もう一つはかつてアメリカが101とバビル2世を呼んでいた時期、その血液を用いて作り出された人工超人「ドミノ」に由来する。」 ヨミがあごひげを撫でる。 「ドミノは卑劣な手段を用い、バビル2世を倒そうとした。だがバビル2世はその罠をくぐりぬけた。それどころか、卑劣な手段を用いたドミノに激しい怒りを覚え、昼夜を問わずテレパシーで激しく罵り、ついには精神状態を不安定にさせ、おびき出し、殺した。」 ヨミの言葉にあわせ晁蓋の映っているモニターにドミノの顔写真、バビル2世とドミノの決闘、あるいは卑劣な罠の写真が映し出されていく。 「つまりドミノ作戦とは、ドミノ倒しのように、ある一つの作戦を皮切りに次々と作戦を連続して行うこと。そしてもう一つは、バビル2世を激昂させ、おびき寄せることを意味している。我々はこれまで、レコンキスタ工作、アルビオン征服、トリステイン攻撃、そしてトリステイン王女誘拐と、着実にドミノ作戦を成功させてきた。結果、敵はまんまとこちらの思惑に乗り、白伐と称してアルビオンへ侵攻しようとしている。だが、」 ヨミは一同をギラッと睨んだ。 「これで、バビル2世が激昂をしている保証はない。いずれの計画も、充分卑劣な計画だ。王族を皆殺しにしようとし、だまし討ちを行い王女を死体でだましておびき寄せた。しかし、かと言ってあのバビル2世が激昂している保証はないのだ。そこで、我々はドミノ作戦の最終段階として、バビル2世の大切なものを奪うことにする。」 「大切なもの?」 いままでヨミのオーラに押し黙っていた九大天王の一人、大塚署長がようやっと口を開いた。 「その通りだ。」 ヨミが指パッチンをする。映像が切り替わり、ある学校が映し出される。そう、この学校は… 「トリステイン魔法学院!?」 「そうだ。今、この学校の教師も生徒も男はほとんど軍に参加してのこっていない。だからこそ攻める価値がある。ここを攻撃されればバビル2世は激怒するにちがいない。激怒のまま、罠が待ち構えていると知らずのこのこやってくるはずだ。」 「しかし、いったい誰が襲撃をするというのです?我々はそれこそバビル2世を出迎える準備のため、手が空いていませんが?」 「ふっふふ、安心しろ。それについては、ピッタリの人材がいる。」 ヨミが厳かに宣言する。 「作戦決行は5日後、敵がアルビオン侵攻を正式発表した翌日に行う!そしてその日が、バビル2世にとっては死のカウントダウンが 開始した日となるのだ!」 息が詰まる、とはこのことを言うのだろう。楽しいはずの晩餐会は、一種異様な雰囲気に包まれていた。空気が歪んで見えた。というか空間が歪んでみる。ジョジョならあの地鳴りのような擬音がところ狭しと書き込まれているだろう。 まず、ルイズたちの母親というのが並ではない。威圧感が具現化したような、異常な迫力のある女性だ。ピンクブロンドの髪をしている。おそらくルイズたちの髪の色は母親譲りなのだろう。 母親を上座に、4辺に娘たちが座っている。よほど正面に行くのが嫌なのか、姉2人はあっというまに横の席をとってしまった。 その母親の威圧感に対抗するように、ルイズの後ろに控えている従者たちがいた。 アルベルトと、残月、バビル2世に命の鐘の十常寺だ。 命の鐘の十常寺は、さきほど召喚した。普段は厳重に布で包んで触らぬようにしてあるのだが、 「すこしでも対抗するものが欲しい」 というルイズの要求により、久しぶりに解放されたのである。十常寺自身は外の様子がわかっていたらしく、 「因果応報悔い改める、任務遂行これ易し」 実に頼もしい言葉を吐いてくれた。 そう、ルイズが少しでも母の威圧感に対抗すべく、4人を背後に控えさせたのだ。しかし、結論を言うと効果はまったくの逆になってしまった。威圧感が鬼のようにある母親と後ろの4人の威圧感に挟まれルイズは半分死に掛けていた。身も痩せる思いとはこのことだ。 ブートキャンプなど目ではない。座っているだけで寿命ごと肉が削られていく。 ああ、この配置は確実に失敗だったな、とルイズが思っていると、 「母さま、ルイズに言ってあげて!この子、戦争にいくだなんてばかげたこと言ってるのよ?」 先に耐えられなくなったエレオノールが発言をする。 「ばかげたことじゃないわ!」 ルイズがテーブルをたたき立ち上がった。 「どうして陛下の軍に志願することが、ばかげたことなの?」 「あなたは女の子じゃないの!戦争は殿方にまかせなさいな!」 「それは昔の話だわ!今はそんな時代じゃないのよ!」 「三宅先生、田嶋先生、落ち着いてください。」 「「誰が三宅に田嶋だ!」」 橋下弁護士の声真似をしたカトレアのボケに、2人が一斉につっこんだ。ころころと笑いながら、カトレアは、 「相変わらず仲がいいのね、2人とも。うらやましいわ。」 屈託なくいう。腐っているように見えたのは、たぶん気のせいだったのだろう。うん。 その様子を見てルイズとエレオノールは不安そうに、 「母さま、話は変わりますけど…」 「カトレアの様子、すこし変わりましたか…?その……こう、どういえばいいのか……」 「何も変わっていません。」 2人を一瞥もせず、母カリーヌがいう。よく通る、威厳のある声だ。 「よく効く薬のおかげで身体が治り、はしゃいでいるのです。元々活発な性格の子なのです。ただ今までは病弱ゆえ音なし目であっただけで、身体が動くようになれば、雰囲気が変わったように見えてもおかしくはありません。」 それだけではないような気がするのだが。 「ルイズのことは、明日お父さまが戻られてから話しましょう。」 それでその話は打ち切りになった。
https://w.atwiki.jp/bsr_e/pages/2855.html
諸君 俺は幼女が好きだ 諸君 俺は幼女が好きだ 諸君 俺は幼女が大好きだ 貧乳が好きだ 華奢な身体が好きだ 白い肌が好きだ 柔らかな頭髪の生え際が好きだ パイパンが好きだ 無知が好きだ 恥じらいが好きだ 泣き声が好きだ 涙が好きだ 館で 城で 街道で 街中で 隣国で 戦場で 畑で 田んぼで 森で 川原で この地上に存在する ありとあらゆる幼女が大好きだ 夜中に暗闇を怖がり俺の布団に潜り込んでくるのが好きだ 安心して眠りかけたところを押し倒し、身体を弄り羞恥の涙を流す時など心がおどる 薄い胸を揉みしだき身悶えするのが好きだ 嬌声を上げて 俺の下で揺さぶらながら名前を呼んでくる幼女を 絶頂まで導いた時など胸がすくような気持ちだった まだ発達途中の狭い膣内に精を放つのが好きだ 行為が終わった後に目を覚ました幼女が何度も何度も恥ずかしさに狼狽する様など感動すら覚える いかに乱れていたかを耳元で囁いてやると顔を真っ赤にして泣きそうになる様などはもうたまらない すすり泣く幼女を 俺の膝の上に座らせてやり 身を固くしながらも身体を預けてしまおうかどうか迷っているのも最高だ 愛らしい幼女が 夜遅くまで俺の帰りを健気にも起きて待っていたのを物陰から覗き うつらうつらしたところを布団に組み敷いた時など絶頂すら覚える 小さく華奢な身体を滅茶苦茶に揺すり上げるのが好きだ 必死に守るはずだった貞操を奪われ(ry 少佐の演説コピペをロリ演説に改変したがさすがにもうネタが尽きた
https://w.atwiki.jp/anozero/pages/7703.html
前ページ次ページ虚無と最後の希望 level-20「脱出」 奪う、戦争ではごく当たり前のことだ。 武器に食料、乗り物など、技術すらも奪うし命も奪う。 マスターチーフからしてみれば敵歩兵は歩く武器庫、この世界でもそれはあまり変わらないのだが……。 「マスターチーフ、考え直さないか? 君は魔法を使えない、失敗すれば落ちれば死んでしまうぞ?」 「問題無い」 「何故そう言い切れるんだ?」 「失敗はしない、それにこの高さから落ちても死にはしない」 「……君がタフなのはわかった、だが落ちて死ななくても下の兵に包囲されるだろう?」 「その為に子爵が居る」 「まさか失敗して落ちたときは魔法で蹴散らせ、等と言わぬよな?」 「レビテーションで重量の軽減を頼む」 狙って飛んだとしても、相手は常に動いている。 不意に速度を早めたり緩めたり、生き物故の不規則。 魔法を持たぬチーフに落下中任意で方向を変えることは難しい、500キログラム近くあるからこそ風圧に因る軌道変化も難しい。 無論そんな重さの物体が落ちれば、その下にあるものは大きなダメージを受けることは間違いなし。 そこで子爵の魔法で重さを軽減しつつ、風圧に頼った軌道修正より確実であろうレビテーションでズレを減らす。 「まだ上か」 唖然とするワルドを横切り、チーフは廊下の窓の外を覗く。 「ちょっと待ってくれ、それは幾ら何でも……」 「出来ないのならそれでいい、別の手段を探す」 挑発めいた、実際挑発なのだろう言葉にワルドは噛み付く。 「その位瞼を瞑ってでもやってみせよう!」 そう言った時にチーフは振り向き、ワルドは自分の失言に気が付いた。 大きな自信を持って出来ると宣言してしまった事、その一言が作戦の遂行可能かを決めてしまった事に。 「なら任せる」 ワルドは呻きながらもまだ口を開く。 「……この作戦を行えることはわかっている、君の度胸と僕の魔法が加われば無理ではないと思う。 だが成功するかどうかとは違う、もっと確実な作戦を考えた方が合理的ではないのか?」 「子爵は任務の失敗を念頭に置いているのか」 「その可能性もあると言っているだけだ!」 「任務を達成する、しないの話ではない。 我々は任務を『達成させるしか無い』」 「それは……、確かにそうだが……」 「ならば考える事ではない、やるだけだ」 「………」 考えるだけで任務を遂行できるならいくらでも考えよう、だが現実はそうではない。 考える暇があるなら動け、動いて任務を達成させるためだけに動け。 それ以外の思考は必要ない、不要なものにリソースを配分するなどただ失敗への確率を増やすだけ。 「……本当に、出来るんだな?」 その問に頷き、歩き出す。 目指す場所はニューカッスル城にある一番高い部屋、ウェールズの居室だった部屋。 降りるはずだった階段を登り、上へ上へと上る。 その途中もやはり敵は居ない、降りてくると思い恐らくは下の階に兵を揃えていた可能性が高い。 予定通り下の階へと向かっていれば、激しい戦闘になっていたかもしれない。 「……しかし、君の行動は突拍子も無いな。 下から行けないからと言って上から飛び込む、なんて普通に思い付かないと思うのだが」 「やれる事は全てやる、それだけだ」 階段を駆け上がりながら、ワルドはチーフの奇怪な考え方に声を漏らす。 マスターチーフと言う存在を生み出したスパルタン計画の真髄、超兵士育成による状況の打破。 なんとしても作戦を遂行する事を求められる存在、故にあらゆる方向からのアプローチを掛けなければいけない。 不可能を可能にすると言うことがこの計画の最大の命題、ならばマスターチーフは最大の成功作と言われるだろう。 そう言われ、思われて当然の戦功をいくつも残しているのだから。 「……そうか、やはり僕とは違うのだな」 「………」 軍人と言う括りは同じでも、与えられた役割は全く違う。 ワルドの役割りは『王族の護衛』、対するチーフの役割りは『最前線で戦う歩兵』。 最も前に出る軍人と、最も後方に居る軍人、比べ差異を語るなど意味はない。 「子爵の考えは分かり難い、だが国の安否を思うのは理解出来る」 「………」 結局はどちらも守るために動くと言うこと、思惑は理解できないが行動は理解出来る。 それを機に会話は途切れ、二人は階上を目指す。 「ここだ」 子爵の記憶頼りに廊下を進んでとある部屋へと入る。 そこはニューカッスル城で一番高い天守の一角にある部屋、ウェールズの居室であった。 室内には木で出来たベッドや机と椅子、壁には戦いを記したタペストリーや、1メイルほどの窓位しかない質素な部屋。 ドアを潜り室内に入る、最短で窓まで歩み寄り、外を確認する。 上下左右、室内から見える景色を確かめ、窓を開いた。 「すぐに後を追えば良いのだな?」 ワルドのその問に頷き、もう一度外を見る。 城の上空にはフネが浮かび、その周囲には騎士が乗った竜を飛び交っている。 城の周囲にも竜が飛び交い、おそらく場外に出るだろう存在を警戒している。 「下しか狙えないだろう、タイミングは全てチーフに任せる」 万有引力、全ての物は重力に引かれて下へと落ちる。 チーフが単身で飛べない以上落ちるしかあり得ないため、チーフより下に居る竜しか狙えない。 「……行こう」 僅かばかり顔を出してこちらに気がつく位置に敵が居ないことを確かめ、窓から外へ出る。 バルコニーなど無く、何かに掴まっていないと確実に転げ落ちる傾斜。 窓枠がチーフの重量に耐えられるか確かめ、右手にハンドガンを持つ。 「ひえー、高けぇーな。 落ちたら相棒でも死ぬんじゃないかね?」 「やはりインテリジェンスソードか……、確かにここから落ちたら頑丈なオーク鬼等でも即死するだろう」 高いゆえに風が吹く、風切り音が耳元でうるさく聞こえるほど。 高所恐怖症の者なら失神してもおかしくない、そうでなくとも足が震えたりするだろう高さ。 それを目前としてチーフは淡々と答えた。 「問題無い、2リーグの高さから落ちた事がある」 「「……は?」」 デルフリンガーとワルドの声が重なる、それを切っ掛けにチーフは窓枠を手放した。 踏ん張り体を傾け、天守の傾斜に沿って駆け出す。 5メイルほどの、もう落ちていると言って良い傾斜を駆けて飛び出した。 「冗談だろぉぉーーーーー!?」 自殺紛いに飛び出した事か、あるいは2リーグの高さから落ちた事か。 短い助走で傾斜を蹴って横への距離を一気に稼ぐ。 空を飛べないチーフが空へと舞う、2メイル越えの巨体、1000リーブル近い物体が速度を上げながら落ちて行く。 その落下地点は地面、では無く空を飛び飛竜。 落ちならがも他の飛竜との位置を確かめ、できるだけ位置を調整する。 頭を上に向ければ続いて飛び降りて風を切るワルド。 下に向ければ上に気付かず飛び続ける飛竜。 後十秒も無い、そうして飛竜の上に降りれるだろう。 ……順調に行けば、だったが。 元より人間より優れた感覚を持つ飛竜が、上から落ちてくるチーフ達に気が付き大きく鳴き声を上げる。 その声、警告だったのだろう鳴き声に反応して竜騎士が手綱を引き、飛ぶ速度を上げる。 それは飛竜の上に落ちるはずだった予定を狂わせるに十分、このズレは修正出来ない、チーフは間違いなく地面に叩きつけられる。 チーフが一人だったならの話だが。 飛竜ではなく地面の上に落ちるはずだったチーフが突如大きく曲がる。 チーフが小さな閃光を放ち、エネルギーシールドが反応するほどの威力を持った風に煽られて曲がる。 真っ直ぐ下に落ちる軌道が、斜め下に落ちる軌道へと変化、その調整は神掛かっていたと言って良い。 バランスが崩れて縦横問わず回りながらも見事、速度を上げた飛竜の上へと四つん這いに近い状態でチーフは落下する。 「ギャォッ!」 「なッ!?」 無理やりな軌道修正で僅かばかり落下速度が鈍ったとは言え、1000リーブル近い重さを持つチーフが落ちれば人より強靭な飛竜とは言え痛い。 むしろそれで墜落しない竜を褒めるべきか。 飛竜の悲鳴と、竜騎士の驚きと、落下時の一瞬の硬直が重なるが、竜騎士へ迫るに十分な時間が生まれている。 飛竜の背を蹴って駆け出し、低い姿勢からの強襲。 チーフの太い腕が竜騎士へと伸び捉える。 「ぎざばッ!」 背中から抱え上げられ、杖が握れぬよう腕を拘束。 ミシリと竜騎士の背中が軋み、濁った声が上がる。 「一つ言っておく」 飛竜の上と言う不安定な足場で、竜騎士の腰に指していた杖を引き抜いてチーフは竜騎士に向かって一言。 「杖を手放すな」 そう言って強引に竜騎士に杖を握らせ、腕一本で竜騎士を空へと放り投げた。 悲鳴を上げながら竜騎士は落ちて行く、そうして全長10メイルを超える飛竜に付けられた手綱を握る。 それを引っ張り、鳴いていた飛竜の速度を緩める。 ざっと周囲を見渡し、異常に気が付いて向かってくる他の飛竜を視界に収める。 飛竜のブレスや竜騎士の魔法が届くまで後数十メイルだが……。 「本当に無茶をする!」 ワルドが飛竜の背に降りてきて、手綱を奪うように握る。 「しっかり掴まっていてくれよ!」 手綱を操り、その先の飛竜まで操る。 飛竜が吠え、その大きな翼を羽ばたかせ速度を上げる。 「あれは片付けるか!?」 速度を上げて、クロムウェルが居るだろう天幕を目指すのだが。 他の飛竜が追撃を掛けてきている、間違いなく邪魔に成るだろう一団。 500キログラム、1000リーブルほども有るチーフを乗せていれば、間違いなく速度の差が出来上がって追いつかれる。 「ああ」 ワルドへと背中を向け飛竜の背びれを掴み、出来るだけ飛竜の揺れと体の揺れを合わせる。 左手で背びれを掴み、その左手の上にハンドガンを持った右手を乗せる。 飛竜が羽ばたく際の上下の揺れと、敵飛竜の軌道を予測する。 「………」 より正確に急所へ、一撃必殺を意識したハンドガンでの狙撃。 銃爪に少しずつ力が込められ、後数ミリ引けば弾丸が飛び出す。 狙う、追撃を掛けてきている飛竜の頭を。 「片付ける」 上下に揺れる敵飛竜の頭部、それが一瞬止まる位置。 そうして引き金を引いた、『M6G ピストル』の銃口からマグナム弾が吐き出される。 同時に排莢、僅かばかりに銃口から排煙、衝撃を逃がすためのスライドブローバック、そして弾頭は敵へと一直線。 高威力高機能化が進んだ地球人類が使う拳銃、ハルケギニアの物と数倍から数十倍もの威力や射程距離を誇るそれ。 比較的威力の低いものと認識されるハンドガンでも、飛竜の鱗を持ってしても止められるものではなかった。 硬い鱗を突き抜け、頭蓋骨を砕き、脳を蹂躙して、飛竜を絶命させる。 そうして二度三度と間髪入れずに発射音。 そのどれもが追撃を掛けてきている飛竜へと吸い込まれるように当たる。 突如頭に赤い花を咲かせて死に至る飛竜に驚愕し、墜落する飛竜から飛び降りる竜騎士達。 「これで!」 邪魔者はいなくなったと、ワルドが声を上げて手綱を操る。 翼を羽ばたかせながら滑空して行く、半ば落ちているために速度も加速して行く。 どんどん大きく、近づいて天幕の詳細が分かる距離まで迫る。 下では飛竜の落下と、下降してくる飛竜に慌て驚き走り回るレコン・キスタ軍。 「誘き出す」 「僕に討たせてくれ!!」 「任せる」 なんとしてでも自分の手でクロムウェルを打ち取りたいのか、ワルドが声を荒らげてチーフに言った。 それを聞き任せながらも腰のフラググレネード一個とプラズマグレネード二個に手を掛ける。 「爆音で気を引く、出てきたら魔法で討ち、出てこなければ天幕ごと討て。 これに関しては成功しても失敗してもすぐ離れよう」 任務の内容は神聖アルビオン共和国皇帝、クロムウェルの捕獲か暗殺。 だが大前提の二人とも生きて帰ることを達成しなければならない、クロムウェルに構い過ぎて討つことも逃げることも出来なくなるのは避けなければならない。 たった一度の一撃離脱しか許されない状況、軍艦も浮いているし、遠くだが飛竜もまだ飛んでいる。 もたもたしてるとどうにも出来なくなる状況、その状況へと至る泥沼に片足を突っ込んでいるために一度だけの攻撃。 「……行くぞ」 「ああ!」 青色の球体に緑色の線で構成されたプラズマグレネードを右手に取り、起爆用のスイッチを押す。 同時に甲高い音が鳴り、球体から青白い炎のような物が溢れ出す。 それを飛竜の尻尾に当たらないよう上へと放り投げて落とす。 青白い尾を引きながら落下して行くプラズマグレネード、数秒掛けて落ちたそれは地面へと到達し。 「グオ?」 高さ5メイルほどもある一匹のオグル鬼の頭に落ちた。 音を出しながら炎のような青白い光を放っているそれを手に取ろうとする。 「……?」 だが手に触れれば手もくっついて離れない、力任せに引っ張るも異常な吸着力に引き剥がせない。 それを見ていた周囲のオグル鬼も興味本位で近づき、それに触れようとした時閃光が走った。 プラズマ爆発、プラズマグレネードがくっついていたオグル鬼の上半身が吹き飛び、そのオグル鬼に近寄っていた他のオグル鬼も爆風で致命傷を負いながら吹き飛んだ。 一瞬で起こった惨状、何が起こったのか分からないまま肉片となったオグル鬼。 ざわめきが起きて、少々慌て始める周囲、それを加速させるようにもう一度爆音が鳴った。 「な、何が起こっている!?」 吹き飛んだオグル鬼と、別のところでもう一度起こった爆発に驚き状況を確認しようと一部隊の指揮官が声を荒げる。 「わかりません、青い光が爆発したとしか……」 「さっさと調べろ!」 そう怒鳴り終えると同時に、さらに爆発音。 慌てふためき、言ってはならない一言がついに飛び出した。 「敵襲! 敵襲ッ!!」 「敵!? どこだ!」 「竜騎士達は何をしていた!!」 「南から来ているらしい! 戦闘準備!!」 「違う! 東だ!」 錯綜する情報、正しいのか間違っているのか、それを確認出来ずに慌ただしく動く。 まるで大砲のような轟音、それだけで戦況が有利に発展する。 落ちてくる飛竜の死骸と、たった三つの爆発、一つのフラググレネードと二つのプラズマグレネードでレコン・キスタ軍に混乱が広がっていく。 ただでさえ数が少ないグレネード類を全て使い切ったのだ、多少なりとも混乱してくれなければ困る。 それを尻目に飛竜とそれに乗った二人は一際大きな天幕へと迫る。 「やはりあれだったか!」 手綱を握ったままワルドは立ち上がり、右手に持った杖を天へと向ける。 爆音と騒ぎが気になったのか、大きな天幕からメイジの一団を引き連れているクロムウェルらしき男が出てきた。 それを確認すると同時に風が大きく鳴る、ワルドの杖先に風が渦巻いて轟音を立てる。 高速で空を飛び、耳に入る大きな風切り音に負けぬ音を立てて、風が渦巻く。 「傾けるぞ、落ちてくれるな!」 その警告に飛竜の背びれを掴み直し、落ちぬよう体を固定する。 「何が虚無か! あのような外道を認めてなるものか!!」 バレルロール、螺旋に飛竜を回りながらも魔法で狙い澄ます。 それは『エア・スピアー』、風で出来た投擲槍。 薄い鉄板でも容易く抉り貫き通す威力を持った風が、逆さまになった飛竜の鞍乗から放たれる。 「……見事だ」 高速、流石に音速には届かないが放たれた矢より速い速度で空を裂き、メイジの壁に守られていた男を斜め上から胸を串刺しにした。 目算距離で200メイルもないだろうが、この距離で当てられるメイジはそれこそ数が少ないだろう。 王族を守る魔法衛士隊の隊長と、スクウェアと言う肩書きは伊達ではない。 「これで……良い」 手綱を引き、下降気味だった飛竜は舞い上がり始める。 顔を見知っているワルドがクロムウェルだと言うなら、風の投擲槍で串刺しにした男はクロムウェルなのだろう。 とりあえずだが殺害には成功したが、まだ脱出は終わっていない。 無事に帰還して報告するまでが任務の内になる、気を抜くにはまだ早すぎる状況。 「どこでも良い、まずはアルビオンから降りなければ」 この飛竜に乗るものがクロムウェルを殺したことなど、多くの将兵が見ただろう。 混乱が広がっているとは言え、すぐに追っ手を掛けられるのは目に見えて居る。 ぐずぐずしていれば包囲される。 「わかっている」 前を向いたままワルドは頷き、飛竜に速度を上げさせる。 チーフは背後の警戒のため、ワルドに背を向けていた。 「ああ、陛下!」 一人の将軍が胸に大穴を開けて横たわるクロムウェルを見た。 間違いなく死んでいる、胸に大穴を開けて生きている人間など居ない。 これが陛下でなければ陛下が虚無の魔法で生き返せただろうが……。 「おのれ……ッ!」 強い怒りを瞳に映し、振り返りながら立ち上がる。 「親衛隊は何をしていた! 竜騎士どもも一体何をしている! 早く賊に追っ手を掛けぬか!」 喚くように大声を上げる、彼からしてみれば許しがたい出来事。 空から侵入してきた賊を艦隊は見過ごし、竜騎士達は止められず、あまつさえ皇帝陛下を討たれてしまった。 大失態にも程がある、責任者と竜騎士達を処分したとしても収められぬ怒り。 「バカ者共が! 何をつっ立って居る!? さっさと動かんか!」 その怒鳴り声にも反応せず、周囲の将兵はざわめくばかりで一歩も動こうとはしない。 「貴様ら!!」 「……ご、ぞのひづようばな……ゴホッ」 怒り狂う将官は背後から聞こえてきた声に、驚きを顕に振り返る。 胸に大穴を開けたクロムウェルがゆっくりと、吐血をしながらも立ち上がっていた。 「へ、陛下ッ!?」 「んん……、ゴホ。 流石にしてやられた」 口周りの血を拭きながら、クロムウェルは平然と立ち上がっていた。 その旨に開いた大穴はゆっくりとだが、見て分かる速度で塞がっている。 「少々侮りすぎていたか」 「お、おお……。 なんと……まるで奇跡……」 「奇跡ではない、虚無の力だ」 そう言ってのけたときには胸の大穴は塞がり、何事も無かったかのようにクロムウェルは振舞っていた。 予想外も良いところだ、死者を生き返らせるだけでも奇跡に等しいのに、まして自身にもそれを行えると言うのは想像だに出来ない。 「追っ手は掛ける必要はない、私を殺せたとぬか喜びしているだろうからね」 「しかし……」 「良い、死んだと思われていた者が実は生きていた、なんて面白い話ではないかね?」 「た、確かに」 「うむ、流石に穴開きのままではいかんな。 着替えが終われば会議の続きを始めよう」 「は、仰せのままに……」 間違いなく勝てる、虚無の力を扱うクロムウェルに付いていけば、間違いなくハルケギニアはクロムウェルの手中に収められるだろう。 そう考えながらも翻って歩き出すクロムウェルを、将軍の男は畏まって後ろ姿を眺めていた。 前ページ次ページ虚無と最後の希望
https://w.atwiki.jp/ocg-o-card/pages/14110.html
《クロムウイルス》 永続魔法 このカードが場にある限り、相手フィールド上のモンスターゾーン一つと 魔法・罠ゾーンをそれぞれ一つ使用不能にする。 part22-212 作者(2007/11/10 ID +U1kNGkH0)の他の投稿 part22-218 / part22-238 コメント 名前 コメント
https://w.atwiki.jp/anozero/pages/9056.html
前ページ次ページウルトラマンゼロの使い魔 ウルトラマンゼロの使い魔 第十八話「空飛ぶジャンボット」 時空怪獣エアロヴァイパー 時間怪獣クロノーム 登場 「ジ、ジャンボット!? ウルティメイトフォースゼロってことは、ミラーナイトと同じ……」 目の前の巨大な鋼鉄の塊が仲間のジャンボットと聞かされ、ルイズも才人も目を見張った。 同時にルイズは、以前ゼロの記憶を夢として覗き見た時に、同じものを目にしたことがあることを 思い出した。 「でもまさか、あなたの仲間のジャンボットが、こんな鳥みたいなのだったなんて……」 『それをジャンボットに言うなよ。訳あってあいつ、鳥って呼ばれるのは嫌ってるんだ』 ジャンバード=ジャンボットであることについて、ゼロが解説する。 『それにもう一つの姿って言ったろ。ジャンボットは変形機能のあるロボットなんだ。分かるか? ロボット。ここで言うゴーレムや自動人形みたいなもんなんだが。で、中に人を乗せて移動したり 高速で飛行したりする時に、このジャンバードの状態になるんだ』 「へぇ~」 才人とルイズはゼロの話に感心するが、シエスタは当然何が何だか分からず、目をパチクリさせている。 『とにかく、ジャンボットからどうしてここにいるのか聞きたい。シエスタがいると都合が悪いから、 席を外すよう頼んでもらえないか?』 「シエスタ。悪いけどわたしたち、この『竜の羽衣』をゆっくり、じっくり見たいの。 先に帰っててもらえないかしら?」 「えッ? でも……」 「俺からも頼むよ。ずっと俺たちにつき合わせるのも悪いし」 ルイズの頼みに、シエスタが難色を示す。しかし才人も加わると、仕方なく了承する。 「分かりました。お気が済みましたら、村に戻ってきて下さいね」 シエスタが洞窟から退出すると、ゼロが早速ジャンバードへ呼びかける。 『おい、ジャンボット! 俺だ、ゼロだ! まさかこんなところで再会できるなんてな! お前、何でこんな洞窟の中に、ジャンバードの姿でいるんだよ!』 しかし、ジャンバードからは何の応答もない。 「何か反応する様子がないんだけど」 『おっかしいな……眠ってるのか? 仕方ねぇ。中に入ってみるとするか』 「えッ! あの中に入れるの?」 ルイズが少々驚く。 『もちろんだぜ。ジャンボットは元々、エスメラルダって星の王族の守護ロボットで、宇宙船の 役割もあるからな。えっと、どこから入るんだったかな?』 思い出しつつ指示を出すゼロに従って、才人とルイズはジャンバードの中に乗り込むこととなった。 「うわ、すごい……。これ、どうやって造ったのかしら?」 内部に立ち入った二人、いや三人は、ジャンバードのコックピット内にたどり着いた。 ルイズはハルケギニアの技術を大幅に超越した造りのコックピットを目の当たりにして、 思わず言葉をなくした。 『あんまり下手にいじるなよ。俺も、エスメラルダの技術で作られたジャンボットの構造を 完全に把握してる訳じゃないんだ』 ルイズに注意をしたゼロは、才人に指示を出してジャンボットの状態を調べる。 「どうだ、ゼロ?」 『うーん……どこ操作しても、うんともすんとも言わないな。どこか重要な部分に故障が発生してるのか……』 コックピット内のコンソールを操作させていると、不意に前方のモニターに明かりが灯った。 「きゃッ! 何したの?」 『モニターは動くみたいだな。ちょうどいいや。メモリーに保存されてる、超空間ではぐれてから 今日までの記録を見れねぇかな。何が起きたか分かれば、手の打ちようがあると思う』 ゼロは才人の手を借りて、コンソールを操作する。そして試行錯誤した末に、真っ白だったモニターに 宇宙から宇宙へ渡る時に見た超空間の光景が映し出された。ジャンボットの目が捉えた、ゼロと はぐれてからの映像記録だ。 『よし、上手く行った。再生するぜ』 ゼロがスイッチを押すと、止まっている映像が動き始めた……。 『くッ、しまった……! ゼロから完全にはぐれてしまった……』 超空間を移動中に次元嵐に遭遇し、吹き荒れる暴風に流されたジャンボットは、すっかり ゼロたちの姿を見失って孤立してしまっていた。だだっ広い超空間に独りきりという状況は、 普通なら精神がどうかなってしまいそうだが、ジャンボットは希望を捨てなかった。 『ゼロが目的地にたどり着ければ、私もいずれかはそれに引き寄せられてたどり着けるはずだ……』 はぐれたとはいえ、ウルティメイトイージスの力の加護はまだ受けている。超空間内ならば、 自然にイージスに引っ張られて同じ場所に到着するだろう。そのことは心配していないのだが、 問題は現状だ。 『しかし、ひどい次元嵐だ……。抜けるか収まるまで、私の身体が持つだろうか……。うおッ!』 次元嵐から発せられた稲妻が機体を撃ち、うめき声を上げるジャンボット。次元嵐のエネルギーは すさまじく、いつまでもこの中にいたらバラバラに吹っ飛ばされてしまうかもしれない。 『仕方ない。多少無理をしても、強引に突っ切る……!』 稲妻を受け続けるのは危険と判断して、背中と足のブースターの火力を強めると、全速力で 次元嵐から抜け出した。 『ふぅ、ひとまずは危機を脱したか……む?』 嵐を抜けて安全な場所まで来たことでひと息吐くジャンボットだったが、すぐにその視界に、 超空間の中を飛び回る二つの、大きさの大分異なる物体を発見した。 一つは、翼とプロペラを持つ、ジャンボットからしたらはるかに原始的な航空機。見ている才人は、 タルブ村の神社で目にしたゼロ戦だとすぐに分かった。 「ギィィィィイイイイイ!」 もう一方は、ハルケギニアに生息する飛竜によく似た巨大生物、つまり怪獣だ。頭頂部にある 鬼のような二本の赤い角が目立つ。 「こいつは……」 才人は通信端末から怪獣の情報を引き出した。時空怪獣エアロヴァイパー。嘘か真か、 時空間の中を自在に飛行し、時間移動する能力があるという。 「ギィィィィイイイイイ!」 ゼロ戦は、怪獣エアロヴァイパーに追い回されていた。高い航空能力を持つゼロ戦だが、 エアロヴァイパーを振り切るのには足りなかった。そしてエアロヴァイパーは、口から火球を吐いて ゼロ戦を撃ち落とそうとしている。 『こんな場所で、人が怪獣に襲われてる!? 助けなければッ!』 正義感に駆られたジャンボットは、すぐにブースターを噴かせて現場へと急ぎ、握り拳を作った 左腕を前に突き出す。 『ジャンナックル!』 掛け声とともに、その左腕が炎を噴きながらジャンボットから離れて飛んでいった! 俗に言うロケットパンチである。 「ギィィィィイイイイイ!?」 ジャンボットの存在にまだ気がついていなかったエアロヴァイパーはジャンナックルをもろに食らい、 吹っ飛ばされた。火球もあらぬ方向に飛んでいき、ゼロ戦は救われる。 『間に合ったか……』 ジャンボットがほっと安堵したのも束の間、エアロヴァイパーが体勢を直すと、その頭部の 赤い角がスパークした。 「ギィィィィイイイイイ!」 その直後に、エアロヴァイパーを中心に空間が波紋を起こすように歪んでいき、エアロヴァイパーの 姿が消えていく。歪みに巻き込まれたゼロ戦も同様だ。 『むッ!? ワープして逃げるつもりか!? そうは行かんッ!』 ジャンボットはブースターの火力を上げて加速、歪みの中に飛び込んでいく。見たところ、 エアロヴァイパーは凶暴な性質の怪獣のようだ。しかもワープ能力があるとなれば、 放っておけば様々な場所で被害が出る恐れがある。絶対に阻止せねば、と使命感に駆られるジャンボット。 そして空間の歪みに飛び込んで、抜けた先で、赤と青の二つの月が浮かぶ夜空を目の当たりにした。 『これは……! どこかの惑星に出たようだな』 ジャンボットのつぶやきを聞きながら、ルイズは二つの月の映像をながめて声を上げる。 「この月……ここってハルケギニアじゃない!」 「それだけじゃねぇみたいだぜ。地上の光景、俺たちの見たタルブ村のもんにそっくりだ」 才人に背負われたデルフリンガーが指摘する。なるほど、彼の言う通り、地上に見える山の位置が、 シルフィードの上から見た時のものと同じだ。そしてジャンボットの足元に広がる村は、 全く荒らされていない状態なので今一つ確信が持てないが、タルブ村なのだろう。 ジャンボットは既にハルケギニアに到着していたのだ。 『この惑星がある宇宙……我々の目的地の観測データと一致している。ということは、偶然にも 目的地にたどり着いたのか……』 ジャンボットも、この場所が目的のハルケギニアであることを察していた。が、思いに 耽っている場合ではなかった。先ほどのエアロヴァイパーが、今度はタルブ村の上空で ゼロ戦を襲っていた。 「ギィィィィイイイイイ!」 『はッ! いかん!』 すぐにゼロ戦を助けに向かうジャンボットだが、エアロヴァイパーはもうゼロ戦の間近に迫っている。 追いつかれて激突されるのは必至だろう。 『間に合わない! ならばッ!』 それを理解したジャンボットは、目から光線を放ってゼロ戦に浴びせた。直後にエアロヴァイパーの巨体が ゼロ戦に激突し、ゼロ戦は翼をへし折られて落下。山のふもとに墜落した。 しかし、その時には搭乗者は誰もいなかった。操縦していた青年は、気がつけばジャンボットの コックピット内に立っていた。 「なッ……!? こ、ここは……!?」 青年は何が起きたのか理解できずに、コックピット内を見回していた。 先ほどジャンボットの放った光線は、人を自らのコックピットに瞬間移動させる転送光線。 それでゼロ戦の操縦者を、エアロヴァイパーにぶつかられる寸前に自分の中に移動させたのだ。 事態が呑み込めない青年に、コックピットのモニターの上にある赤いリング状のランプが チカチカと光り、ジャンボットの声が機内に響いた。 『無事だったか、青年』 「うわッ!? しゃべった!?」 『驚くのは無理がないと思うが、今は説明をしている暇はない。私が怪獣を倒すまで、 しっかり掴まっていてくれ』 青年に頼んだジャンボットは、一つだけ質問する。 『名前だけ聞いておこう。私はジャンボットというのだが、貴殿の名は?』 状況に対して現実味を感じておらず、呆然としていた青年だが、その問いかけにはこう答えた。 「佐々木武雄……大日本帝国海軍少尉、佐々木武雄だ」 この名前を聞いたルイズは驚愕した。 「ササキ!? それってシエスタのひいおじいさんの名前じゃない! でも、この人は おじいさんって言うには明らかに若いわよ。どうなってるの?」 首を傾げる彼女に、大体のところを理解した才人が説明する。 「この記録の中の時間は、ずっと昔なんだよ。きっとエアロヴァイパーの能力の影響でジャンボットは、 今じゃなくて過去のハルケギニアに到着しちゃったんだ」 そして佐々木武雄の属する大日本帝国は、才人の時代からはるか過去の時代、開国で江戸時代が 終わりを告げてから大戦期までの日本の国名だ。時空をねじ曲げるエアロヴァイパーが、 過去の地球人と違う宇宙のスーパーロボットとの奇妙な邂逅を作り上げたのだ。 「なるほどね。昔の時間に放り出されたのなら、この人がシエスタの曽祖父になってもおかしくないってことか」 理解を示したルイズがうなずいていると、モニターの中ではジャンボットとエアロヴァイパーの戦闘が開始される。 『行くぞ怪獣! ジャンミサイル!』 ジャンボットの背部が開くと、大量のミサイルが発射されてエアロヴァイパーへ突っ込んでいく。 全方位を取り囲むミサイルの群れから、エアロヴァイパーが逃げる道はない。 「ギィィィィイイイイイ!」 そのはずだったが、エアロヴァイパーの二本角がスパークすると、その姿が瞬く間に消失する。 ミサイルは全て空振りして、何もない空中で炸裂した。 『何ッ!? あんなに早くワープが出来るのか!』 驚愕したジャンボットの頭上に、エアロヴァイパーが出現して火球をぶつけてきた。 『ぐわぁぁぁぁッ!』 火球の爆発を受けたジャンボットは地上にまっさかさまに落ちていく。どうにか姿勢を制御して 村の外れに着陸することには成功したが、そこにエアロヴァイパーが急降下してくる。 『このッ!』 見上げたジャンボットの頭部から銃身が迫り出して、緑色の光線、ビームエメラルドを発射するが、 当たる前にまたもエアロヴァイパーが消える。 「ギィィィィイイイイイ!」 今度はジャンボットの左側から現れて、体当たりをしてジャンボットを弾き飛ばした。 『ぬぅッ! 厄介な能力を持つものだ……!』 どんな攻撃も、当てることが出来なければ相手にダメージを与えられない。時空を操作し、 神出鬼没に現れるエアロヴァイパーにジャンボットは手を焼かされる。 『だが、既にカラクリは見抜いたぞ……』 しかし、ジャンボットはエスメラルダの技術の粋を持って生み出された、卓越した電子頭脳を持つ 高性能ロボット戦士。エアロヴァイパーを観察することで、もう時空移動の弱点を把握していた。 『ジャンブレード!』 右腕から緑色の刀身の剣が伸び、それを構える。エアロヴァイパーの方は、角を光らせてまた消え失せた。 『……』 ジリジリと向きを変え、周囲を警戒するジャンボット。そして、正面から右側に向き直った時に、 背後の空間からエアロヴァイパーが飛び出す。 「ギィィィィイイイイイ!」 『そこだぁッ!』 エアロヴァイパーが迫り来る瞬間に、ジャンボットは振り向きざまにジャンブレードを 水平に薙いだ。 刃はエアロヴァイパーの頭部の二本角を根本から切り払った。 「ギィィィィイイイイイ!?」 慌てて軌道を変えてジャンボットからそれると、地面に足を着けたエアロヴァイパーは 自分の頭をかいて狼狽する。だがその手が、角に当たることはなかった。 『お前の空間移動能力の源は、角! それを切断すれば、もう逃げることは出来まい!』 ジャンボットのセンサーは、エアロヴァイパーが時空移動する寸前に、角から莫大なエネルギーが 発せられるのをしっかりと捉えていた。発生源を叩いてしまえば、エアロヴァイパーは最大の武器を 使用することが出来なくなる。この勝負、もう決まったも同然だ。 『これでとどめだ! 行くぞぉッ!』 未だ取り乱しているエアロヴァイパーに、ジャンボットが全速力で駆けていき、ジャンブレードを 左肩へと引き寄せて斬撃の構えを取る。 だがその瞬間に、背面に光弾の直撃を食らった! 『ぐわぁッ!? 何だと!?』 すぐに振り返ったジャンボットだが、背後にはこれといったものは何も見当たらなかった。 『馬鹿な! 相手はもう空間転移が不可能なはず! しかし、だったら今のは一体……!?』 たった今の光弾は、エアロヴァイパーが繰り出したものではないことは明らかだ。何故なら、 撃たれた時には目の前にいたのだから。では、一体何者が……。 動揺していると、ジャンボットの身体に二本の触手が巻きつき、縛り上げた! 『何!? 触手だと!?』 振り返ると、触手はいつの間にか立ち込めていた白い煙の中から伸びていた。同時に、 ジャンボットのセンサーが海鳴りの音を捉える。 『こんな山間部に、海鳴り……? ぐおおぉぉッ!』 海鳴りの音の直後に、触手を伝ってジャンボットに高圧電流が浴びせられた。電撃にジャンボットは 苦痛の声を上げる。 そうしていると、白い煙が晴れていき、中から水色に黄色の斑点模様という派手な色彩の ウミウシに似た怪獣が姿を現した。 「ギュウッギュッギュッギュッギュウ!」 「こいつは……!」 才人は先ほどと同じように、通信端末で新たに出現した怪獣の情報を引き出す。 時間怪獣クロノーム。過去へ移動する能力で時間の流れを滅茶苦茶に破壊し、惑星を丸ごと滅亡させてしまう、 ふざけた外見に反して非常に危険で凶悪な怪獣だ。恐らく、エアロヴァイパーの発する時空エネルギーに 反応して現れたのだろう。 『まさか、別の怪獣が現れるとは……ぐおおぉぉッ!』 執拗な電流攻撃を食らい、激しく苦しむジャンボット。鋼鉄のロボットである彼には、 金属によく流れる電撃は特に痛いだろう。 「ギュウッギュッギュッギュッギュウ!」 『ぐぅぅぅぅぅ……!』 締めつけられて身動きが取れない状態で、延々と苦しめ続けられるジャンボット。並みの者では こんな絶望的状況に陥れば、心が折れて諦めてしまうだろう。 しかしこの鋼鉄の武人は違った。反撃の意志すら保っていた! 『バトルアックス!』 掛け声とともに左肩に装備しているシールドが変形する。中心が開いて左右に伸び、柄が迫り出して 巨大な戦斧に変わると、その際の勢いで巻きついている触手を切断してジャンボットを解放した。 「ギュウッギュッギュッギュッギュウ!」 触手を切られたクロノームがひるんで後ずさった。しかし敵の面前で怖気づくというその行動は、 みすみすジャンボットに反撃のチャンスを与えることになる。 『必殺! 風車ぁッ!』 バトルアックスを手にしたジャンボットが左回転して遠心力を上乗せした一撃をクロノームに叩き込む! 「ギュウッギュッギュウッ!!」 袈裟に斬られたクロノームは、胴体がズズッとずれ落ちると、一瞬で爆散して粉々に砕け散った。 『危ないところだった……ぐッ!?』 しかし、勝利した側のジャンボットが急によろめく。身体が一瞬、激しくスパークした。 『しまった、損傷が激しすぎる……!』 ここまでジャンボットは、超空間内で強烈な稲妻に打たれ、エアロヴァイパーの火球を食らい、 クロノームの攻撃を受け続けた。そのせいで、これ以上下手に身体に負荷を掛けると自動修復機能では 対処し切れなくなるほどの深手を負ってしまったのだ。 「ギィィィィイイイイイ!」 『むッ!?』 その時、クロノームを一撃で葬ったジャンボットに恐れを抱いたのか、エアロヴァイパーが 空高く飛び立って逃げ始めた。 既にジャンボットの射程範囲外に逃げられてしまっている。倒すには、全速力で追いかける他ない。 しかし今の状態でそれをやれば、本当に取り返しのつかないことになるかもしれない……。 『逃がさんッ!』 だがジャンボットはためらわなかった。この星に文明が存在することは、一瞬タルブ村を 見下ろしたことでもう分かった。水準が如何ほどかは知らないが、怪獣を相手取るほど 高いレベルだと考えるのは楽観的すぎる。この星の誰かがエアロヴァイパーの被害で 泣くことを防げるのは、今は自分しかいないのだ……。 見ず知らずの人間たちのために身体を張ることを躊躇なく選んだ勇者ジャンボットは、 すぐにジャンバードに変形してエアロヴァイパーを追った。今才人とルイズが乗っているのと 全く同じ宇宙船だ。 「ギィィィィイイイイイ!」 エアロヴァイパーは翼竜型の見た目通り、飛行能力に優れた怪獣だが、ジャンバードは 平和ながら非常に卓越した科学力を持つエスメラルダの誇るスターコルベット。あっという間に 彼我の距離を詰めて、射程範囲内に入れた。 『ぐぅッ……!?』 しかし、その瞬間に機体が激しくショートし、噴射ノズルのジェットが弱まって速度が落ちる。 やはり負荷が大き過ぎたのだ。これ以上無理をすれば、本当に自動修復で直せないほどの 故障が生じるだろう。 『ジャンミサイル……発射ぁッ!』 それでも、ジャンバードは己よりハルケギニアの人間を選んだ。ジャンミサイルとビームエメラルドの 集中砲火を、背を向けているエアロヴァイパーに叩き込む。 「ギィィィィイイイイイ!」 全方位をミサイルで取り囲まれたエアロヴァイパーには逃れる術がなく、集中砲火の直撃を 食らって跡形もなく吹っ飛んだ。 『やったぞ……ぐッ……!?』 だが己に課した使命を果たしたのも束の間、遂にジャンバードの最重要な配線が焼き切れた。 その瞬間にジャンバードは意識が遠のき、ふらふらと高度を下げていく。 「ジ、ジャンボットとやら! 大丈夫か!?」 コックピット内の佐々木は、丸で事態が呑み込めずにいたが、ジャンバードが危険な状態に 陥ったということは察して心配した。その彼に、ジャンバードが告げる。 『ササキ少尉……残念ながら、説明をする力は、もう私には残っていないようだ……。何も分からぬ貴殿を、 一人でこの地に放り出すことになることを、どうか許してほしい……』 ジャンバードは最後の力を振り絞って山間に飛び込み、崖の岩壁に向けてビームエメラルドを照射した。 レーザー光線は岩を溶かし、崖に大きな空洞を作る。それが、今のジャンバードを収めている洞窟であることを ルイズはすぐ把握した。 洞窟の中にすっぽりと入ったジャンバードは、その場に着陸。また佐々木に呼びかける。 『すまないが、ササキ少尉……私は今すぐにでも、機能停止する。しかしいずれ、私を修理できる者たちが、 必ずこの地にやってくる……。それまで、私がここに隠れていることは、極力秘密にしてほしい……』 ジャンバードは機能停止してしまえば、完全に無防備になってしまう。そこを心なき者や 悪しき心の者の手に侵されないように、後のことを佐々木に頼み込んでいた。 『少し関わっただけの貴殿に、多大な迷惑を掛けるが、どうかお願い出来ないだろうか……』 「そ、そんなことは、お安い御用だ! 私は貴殿に命を救われた! この恩に報いないのは、 日本男児として恥ずべきことだ!」 ジャンバードの頼みを、佐々木は当然とばかりに承諾した。 「しかし、その貴殿を助けられる者は、どうやって見分ければいいのだ?」 それだけ聞くと、ジャンバードはこう答える。 『簡単だ……。貴殿の母国語……この世界の者では読むことの叶わぬはずの文字を読める者が、 私を助けてくれる者だ……。……どうやら、これ以上はもう持たないようだ……。どうか、 私が眠っている間のことを、頼む……』 どうにか重要なことは全て伝え終えたジャンバードは、とうとう限界が来て、視界がブラックアウトした。 同時に録画された記録も終わり、モニターから輝きが消えた。 ジャンボットに起きたことを全て知った才人とルイズは、彼の献身ぶりに感動して目をうるませていた。 「うぅ、何ていい奴なんだ……。自分の身を省みないで、会ったこともない人たちのために あそこまで戦うなんて……」 「騎士でも、あそこまで出来る人はいないわ……。彼こそ誉れ高い真の騎士よ!」 ルイズは感涙しつつゼロにお願いする。 「ゼロ、ジャンボットを助けてあげて!」 『もちろんだ。けど、さっき言った通り、俺はジャンボットの構造を把握してる訳じゃない。 ここは、同じ出身地のあいつに頼もう』 と語ったゼロは、ルイズが指に嵌めた『水のルビー』に呼びかける。 『ミラーナイト、聞こえてるか!? ジャンボットを見つけた! お前の手を貸してほしい! すぐ来てくれ!』 その途端にルビーが光り、等身大に身長を調整したミラーナイトがコックピット内に着地した。 『はい、話はもう全て聞きました。まさかジャンボットが過去のこの世界に来ていて、こんな場所で 意識を失っていたとは私も予想外です』 「ミラーナイト、ジャンボットを直してあげられるか?」 才人が若干不安を含んだ顔つきで尋ねると、ミラーナイトはおもむろにうなずいた。 『お任せ下さい。私も以前は、ジャンボットと同じくエスメラルダの王家に仕えていた身。 万一の時のために、ジャンボットの修理方法は学んでいます。恐らく付きっ切りで修理をすれば、 二、三日で完全に直るでしょう』 『そっか! そいつを聞いて安心したぜ。あぁ、早く起きてるジャンボットとも顔を合わせたいな』 『そうですね。これでグレンも見つかれば、ウルティメイトフォースゼロ出張組が無事に勢ぞろいです』 嬉しそうに語らい合うゼロとミラーナイト。やはり二人も、仲間の所在が分かって喜んでいるようだ。 その二人に感応されて、ルイズと才人も和やかな笑顔になった。 その後は、ジャンバードのことはミラーナイトに任せて、ルイズと才人はタルブ村に戻っていった。 そこでルイズは、シエスタから学院からの伝書フクロウが届いたこと、授業をボイコットしたことで 先生方がカンカンだということを知らされ、 「ああああ! よく考えたら、これって立派なサボりじゃない! しかも祝詞も結局出来上がってないし! どどど、どうしましょう! これがお母様や姉様のお耳に入ったりしたらぁ!!」 と喚いて慌てふためいたが、それは別の話である。 ルイズたち一行が宝探しに興じていた頃、アルビオンの空軍工廠の街、ロサイスの発令所では、 アルビオン皇帝となったクロムウェルがお供を連れて、工廠内の『レキシントン』号などの 空中戦艦を視察していた。 「見たまえ。あの大砲を!」 クロムウェルは『レキシントン』号の舷側に突き出た大砲を指差して、『レキシントン』号の 艤装主任のサー・ヘンリ・ボーウッドに呼びかけた。しかしボーウッドは、今やアルビオンの 最高権力者になったクロムウェルに対し、非常に愛想のない表情を見せている。 「余のきみへの信頼を象徴する、新兵器だ。アルビオン中の錬金術師を集めて鋳造された、 長砲身の大砲だ! 設計士の計算では……」 「トリステインやゲルマニアの戦列艦が装備するカノン砲の射程の、おおよそ一・五倍の射程を有します」 「そうだな、ミス・シェフィールド」 クロムウェルが言いよどむと、彼の側につき従う、黒いコートの冷たい雰囲気を纏わせた、 奇妙な女性が説明を代行した。シェフィールドという彼女はクロムウェルの秘書らしいが、 ボーウッドは正直興味がなかった。 彼は心情的には、実のところ王党派だった。だが同時に、軍人は政治に関与すべからずとの 意思を強く持つ生粋の武人だった。そのため上官の艦隊司令が反乱軍側についた際、仕方なく 貴族派の軍門に下ったのだ。彼にとっては、アルビオンは未だ王国であり、クロムウェルは 王位の簒奪者だ。そう考えるボーウッドがクロムウェルを面白く思うはずがない。 「しかしながら、たかが結婚式の出席に新型の大砲をつんでいくとは、下品な示威行為と取られますぞ」 何食わぬ顔で毒を吐くボーウッド。『レキシントン』号は、トリステイン王女とゲルマニア皇帝の結婚式に、 国賓として出席するクロムウェルらを乗せる御召艦なのだ。その親善訪問に新型の武器をつんでいくなど、 砲艦外交ここに極まれり、である。 「『親善訪問』? ああ、きみにはまだ伝えてはいなかったな」 だが、クロムウェルはボーウッドが耳を疑いたくなる台詞をこの次に唱えた。 「我々は『親善訪問』などという無駄なことをしに行くのではない。『開戦』を行うのだよ」 「は!?」 ボーウッドの顔色が一瞬で青ざめた。それほどに信じられない言葉だった。 「『開戦』!? バカな! トリステインとは、不可侵条約を結んだばかりではありませんか! それを正当な理由もなしに一方的に破り捨てるなど、破廉恥極まりない! ハルケギニア中に 悪名をとどろかせることになりますぞ!」 さすがに我慢ならずに激昂するが、クロムウェルは平然と言い返す。 「悪名? ハルケギニアは我々レコン・キスタの旗の下、一つにまとまるのだ。聖地をエルフどもより 取り返した暁には、そんな些細な外交上のいきさつなど、誰も気にとめまい」 ボーウッドは、クロムウェルにつめよった。 「条約破りが些細な外交上のいきさつですと? 下手をすれば、エルフどものみならず、 ハルケギニア中を敵に回しかねない蛮行ですぞ! あなたは祖国をも裏切るつもりか!」 だが、クロムウェルは鼻を鳴らして言い放つ。 「それがどうしたというのかね? 少し前までならともかく、今のレコン・キスタはハルケギニア全てを、 いやその倍を敵に回したとしても絶対に勝利の栄光を手中に収めることが出来るようになったのだよ」 「は……? おっしゃる意味がよく分かりませんが……」 訳の分からないことを述べるクロムウェルに、ボーウッドは頭がおかしいのではないかと一瞬考えた。 そんな彼の戸惑いを置いて、クロムウェルは踵を返す。 「時にきみは、世界を変えるものが何か分かるかね? 革命を成そうという確固とした精神? 信仰? はたまた理念?」 クロムウェルはボーウッドとシェフィールドを連れて、工廠の奥へ足を運んだ。この工廠は、 クロムウェルの命により急遽増設がなされ、奥行きが倍以上になっている。それでいて、 増設部分はどういう訳か、クロムウェルの選んだ者以外の立ち入りが禁止された。 ボーウッドは仮にも『レキシントン』号の艦長なのに、選ばれていなかった。もっとも、 クロムウェルを嫌う彼は特に気にしていなかったが。 「どれも違う。世界を変えるのは、いつの時代、どこの『世界』も、『力』なのだよ! 誰が何と言おうと、 圧倒的な『力』が全てをねじ伏せ、覇権を握るのだ!」 その立入禁止の区域へ続く扉を、クロムウェルがシェフィールドに開かせ、ボーウッドを初めて中へ通した。 「なぁッ……!? こ、これは一体……!?」 そしてボーウッドは、禁止区域に広がる光景を目の当たりにして、絶句した。 工廠の奥には、現在のハルケギニアの技術では再現することが到底出来ない、金属で出来ていながら空を、 それだけでなく宇宙空間を航行することの出来る飛行物……いわゆる 『円盤』が何機も停泊していた。 話によれば、以前このような円盤がハルケギニアの各国家の首都を攻撃したという。それが何故、 アルビオンの工廠に存在している……!? 「驚いたかね? これが『力』だよ。私はハルケギニアとは違う世界からの来訪者と『ともだち』なのだよ。 この『力』があれば、ハルケギニアの統一どころか、聖地の奪還も難しいことではなくなる」 異常な光景に対して、クロムウェルは何でもないことのように説明した。ボーウッドの方は、 冷や汗が噴き出るのが止まらない。 「うぎゃあああああッ!!」 そうしていると、左手の扉から、複数の人間の断末魔がとどろいてきた。それでボーウッドは バッと振り返り、クロムウェルの方は呆れ顔になる。 「おや……あれほど近づいてはいけないと注意したのに、禁を破った人たちがいるな。 気の毒だが、仕方ない。彼らの自己責任だ」 ボーウッドは恐る恐る扉に近づき、開いて中を覗き込んだ。 「グルルルル……グアアアアァァァァ!」 そして見えたのは、巨大な檻に入れられた、黒い蛇腹状の皮膚を持った山のような巨大生物。 頭部を見上げると、前に折れ曲がった金色の角が生えているのが見えた。 「あれはもしや、怪獣では……!?」 「そうとも。私は怪獣とも『ともだち』なのだよ」 愕然として一歩も動けなくなったボーウッドの言葉を、クロムウェルはあっさり肯定した。 「これらの『力』を『人間』に喩えるならば、きみの言い分のような批判は、 路傍の小石のようなものだ。小石が人間の歩行を妨げるかね? そういうことなのだよ」 と言い残して、クロムウェルは満足したようにシェフィールドとともに立ち去っていく。 後に取り残されたボーウッドは、認めがたい現実を一気に見せつけられ、意識が遠のくような気分になった。 「『虚無』を操るのみならず、このような人外までも味方にするとは……クロムウェル、あいつは、 ハルケギニアをどうしようというのだ……」 視察を済ませて、アルビオン王家から奪い取った城の執務室に帰ってきたクロムウェルは、 一人になった途端に貼りつけたような笑顔をかなぐり捨て、憎々しげに独白した。 「全く、いつまでこんな貧相な人間の姿に化けていなくてはならないのだ……忌々しい」 アルビオンの戦いの時に既に見せたが、このクロムウェルは本物ではない。ナックル星人が 取って代わって化けているのだ。そしてナックル星人は、骨の髄まで見下している ハルケギニアの人間に変身していることが我慢ならないようだった。 ハルケギニアを侵略しに来た宇宙人連合は、ハルケギニアの社会に巧妙に溶け込んで潜伏をしている。 大っぴらに活動していては、ウルトラマンゼロに目をつけられて圧倒的戦闘力で討伐されることが 分かっているからだ。ナックル星人の場合は、侵略にも役立てる目的で、本物のクロムウェルを始末して 成り代わり、彼の率いているレコン・キスタをそのまま乗っ取ったのだった。もっとも上記の理由で、 ナックル星人はクロムウェルの姿になっているのを忌み嫌っている。 「それもこれも、ウルトラマンゼロとその仲間のせいだ……! 奴らのせいで、私の計画が大幅に狂った。 この恨みは、次の作戦で必ず晴らしてやるぞ……!」 ナックル星人が恨み言を吐いていると、今部屋には彼しかいないはずなのに、どこからか呼びかける声がした。 『ナックルよ……次の作戦は上手く行くのだろうな?』 「む! 貴様はッ!」 どこか嘲りの色を含んだ呼びかけで、ナックル星人は何もない虚空に、鋭い目つきを送った。 その虚空から、声がしているのだ。 『貴様があれだけ大口を叩いておいて、おめおめ逃げ帰ってきた時は呆れてものが言えなかったぞ。 今度はあのような醜態は晒さないだろうな』 「黙れッ! ああなった原因の一端は、貴様にもあるのだぞ!」 挑発めいたことを言う虚空の声に、ナックル星人は怒声を返す。 「何故我々に、ウルトラマンゼロに仲間がいることを話さなかった! 異なる宇宙で、 「直接相対した」ことのある貴様が知らなかったとは言わせんぞ!」 それに、声は淡々と答える。 『聞かれなかったからだ。もう少し用心をしておけば、あんな無残なことにはならなかったろうになぁ』 「何だと!? 貴様、それほど重要なことを、聞かれなかったから話さなかったで済ませる気か!」 ナックル星人は虚空の声を責めるが、声はその話にすっかり興味を失ったように、さっさと話題を切り替えた。 『それより、問題は次の作戦だ。今度はひっくり返されたりしないのだろうな?』 と聞くと、ナックル星人は誇るように胸を張る。 「当然だ! 今度はどんなイレギュラーがあろうと問題ないように、練りに練った作戦を用意した! 今度こそ、ウルトラマンゼロたちを地獄に送ってやるわ!」 『その言葉、信じようではないか……』 声は実に偉そうに、ナックル星人に指摘をする。 『貴様ら宇宙人連合を、この次元の宇宙に連れてきたのは我々だ。その労力を無下にしてくれないことを 祈っているぞ』 「言われるまでもない! 貴様はそこで黙って見ているといい! このナックル星人が完全勝利する様をな!」 宣言したナックル星人は、もう声と同じ空間にいることに嫌気が差したのか、執務室を飛び出した。 彼がいなくなってから、声がおかしそうにつぶやいた。 『果たして、ナックル星人が本当にあのウルティメイトフォースゼロに勝てるか……お言葉に甘えて、 座して見届けさせてもらおうか……』 前ページ次ページウルトラマンゼロの使い魔
https://w.atwiki.jp/gods/pages/30469.html
ムウェルウ 東アフリカの民話に伝わる少女。 関連: ワガチャライブ (妹)
https://w.atwiki.jp/familiar_spirit/pages/2387.html
「覚えておけ……我々は負けたわけではない」 ごぶりと血を吐き出しながらアルビオン共和国の兵士は言った。 その胸に突き立てた杖を引き抜いて竜騎士隊隊長は男の言葉に耳を傾ける。 既にクロムウェルの姿はなく、彼を足止めしようとした兵の屍だけが足元に転がっている。 密閉された船内を吹き抜ける風が彼の髪を揺らす。 見上げれば風竜に切り裂かれた爪痕から青空が覗いている。 恐らくクロムウェルはここから逃げ出したのだろう。 船体が上げる悲鳴は次第に大きくなっていく。 踵を返す隊長に、男は尚も叫び続ける。 「虚無の力を持つクロムウェル様がおられる限り、我々に死は訪れん! 幾度倒れようとも死の淵より蘇り必ずや貴様等を打ち倒す! この戦いは貴様等が倒れるまで終わらんのだよ!」 哄笑を上げていた男の声が途絶える。 醜悪な笑みを顔に貼り付けたまま彼は命を終えていた。 それを一瞥すると隊長は自分の騎竜の下へと駆ける。 「終わるさ。終わらせるって約束したからな。 俺がクロムウェルを討てばそれで全て終わる」 自重で崩壊していく船内を走り抜けながら呟く。 口にするのは息絶えた男への答えであり自分の決意。 アルビオンにはまだ数万の軍勢がいる。 艦隊を倒そうとも、ここでの勝利など一時的なものに過ぎない。 もしクロムウェルが逃げ延びれば間違いなくアルビオンが戦場となる。 ウェールズ陛下、それに自分と同胞たちが愛した国も民も焼かれるだろう。 もう一度ニューカッスルの惨劇を繰り返すなど耐えられない。 あの兵士が思っているように、命は失われて戻るような簡単なものじゃない。 失われたものは決して戻らない。掛け替えのないものだからこそ輝いて見えるのだ。 今ある命を守る、彼等に出来る事はただそれだけだった。 「か、艦隊が……」 グリフォン隊と切り結んでいた竜騎士が背後へと振り返る。 そこに広がるのは風石を失い次々と沈んでいくアルビオン艦隊の姿。 その多くは自重を支えきれず、地上に辿り着く前に無残にも崩壊していく。 最強と謳われた大艦隊が瞬く間に壊滅する光景を彼等は目の当たりにしていた。 「こ……これは一体!?」 「分からんのか? 貴殿らは負けたのだ」 狼狽する竜騎士たちに諭すかのようにグリフォン隊副隊長は告げた。 その一言に、まるで小石を投げられた水面のように動揺が広がる。 事実を認めたくない声や自分達の健在を示す声で騒然となる中、副隊長はさらに言葉を重ねる。 「艦隊は全滅、貴殿らの帰る場所はなくなった。 これでは指示を下す司令官とて無事では済むまい。 そして頼みの綱のクロムウェルも行方知れずと来ている。 ……これを敗北と言わずに何という?」 感情的になりかけている彼等を理論で問い詰める。 恐らくクロムウェルは彼等を見捨てて逃げ出したのだろうが、それを教える必要はない。 怒りに油を注ぐような真似も絶望の淵に叩き落す真似もしたくはない。 高々と杖を掲げて副長はグリフォン隊に命令を下す。 「鬨の声を上げろ! この戦、我々トリステイン王国の勝利だ!」 それに応じ、次々とグリフォン隊隊員達も杖を掲げて雄叫びを上げる。 割れんばかりに響き渡る彼等の声を竜騎士たちは呆然と聞いていた。 つい、と掲げた杖を竜騎士達に向けて副長は言い放った。 「さあ、選ぶがいいアルビオンの竜騎士達よ! 力の限り戦ったという誇りを胸に杖を収めるか、 それとも残敵として掃討されるのを望むか、返答は如何に?」 高台から老士官は戦場を見渡していた。 彼の見下ろす先には凄惨な光景が続いている。 空を埋め尽くした大艦隊は今や残骸となって大地を覆い尽くす。 時折、貯蔵した火薬に引火して巨大な爆発が巻き起こる。 それを耳にしながら老士官は呟いた。 「ここまでだな。投降しよう」 「そんな! 我が軍は未だ健在! 艦隊の支援がなくともこのまま押し切れます!」 彼の言葉を否定し、年若い少年兵が力強く言い返す。 数でいうのならばアルビオン軍はトリステイン軍を上回っている。 しかし、無敵と自負していた艦隊を目の前で失ったアルビオン軍の戦意は衰える一方。 それに対してトリステイン側の勢いは増していくばかり。 兵の間で“始祖の御加護だ”と口々に叫びが上がる。 残存兵力を掻き集めても勝ち目は薄い。 いや、たとえ勝てたとしても疲弊し切った戦力で何が出来るのか。 戦場を屍の山で埋め尽くし、次に死ぬ権利を勝ち得て何の意味があるのだろう。 「栄光あるアルビオンの貴族ならば最期まで戦うべきです! 敵に投降するなど恥ずべき行い! 命よりも名誉を惜しめと僕は教わりました!」 老士官が少年の目を真っ向から見据える。 彼の視線はただひたすらに真っ直ぐだった。 自分の信じる道を疑うことなく突き進もうとする意思が感じられた。 かつての自分もこうだったのだろうかと過去に思い馳せる。 「では、君に名誉ある任務を与えよう」 「はっ! 伝令でも護衛でも何なりと!」 「私はこれからトリステイン軍に降る。 そこまでの護衛と私が虐待を受けないか監視するのが君の任務だ。 とても重要な役割だ、心して努めるように」 彼の肩を叩きながら最後の命令を伝える、“死ぬな”と。 唖然としていた少年兵だったが、ようやく言葉の意味を理解して反論する。 「ま、待ってください! そんな命令には従えません!」 「とはいえ命令違反をすれば、それこそ恥知らずの反逆者になるのだが?」 「くっ……」 言葉を返す事も出来ずに俯く少年兵から視線を外す。 そして自分の補佐を務めてくれた副官へと目を向けた。 何を言うべきか迷った末に老士官は口を開く 罵倒される事さえ覚悟して彼は謝罪を口にした。 「すまなかったな。無能な上官の負け戦に付き合せてしまった」 「ええ。これだけの戦力差で負けるなんて考えもしませんでしたよ」 しかし返ってきたのは何の悪意も感じられない軽口。 頭が固いと思っていた副官の思わぬ一面に肩を竦める。 その直後、副官は姿勢を正して彼に敬礼を取った。 「ですが、もしこの戦に勝っていたとしても、あの少年や私の命は無かったかもしれない。 短い間でしたが、貴方と共に戦えたのは私の誇りです」 それに老士官は無言で敬礼を返す。 私も同じだよ、などと言う必要はなかった。 交わす言葉がなかろうとも伝わるものもある。 私にも彼にも戦いを継続する意思は残されていない。 無理もない。あれを目にして戦おうという意志は湧き上がらないだろう。 太陽にも似た眩い光は、誰一人傷付けることなく戦艦から戦う力だけを奪った。 それが始祖の御業によるものか、人の手によるものかは分からない。 ただ、それを成した者の意思は明確に理解できた。 “これ以上、誰にも傷付いて欲しくない” 敵も味方もなく、この戦場で戦う者全てにそう伝えてきたのだ。 「さあ、胸を張って降ろうではないか! 我々は全力を尽くして戦い、そして敗れたのだから」 墜落していく艦隊から次々と兵士達が脱出していく。 その中にあってただ一人、甲板の上で避難を拒む者がいた。 何人もの部下が彼を抑えようと熊のような巨体にしがみ付く。 だが、それを意にも介さず引き剥がしながらメンヌヴィルは叫んだ。 「ええい、離せ! 奴が、奴がそこにいるのだ!」 「やめてください隊長! ここは大人しく退きましょうぜ!」 「そうですぜ! 捕まっちまったら復讐も何もあったもんじゃねえ!」 必死に止めようとする部下の声など届きはしない。 足元に広がる広大な森の一点に彼は全てを集中させていた。 赤外線センサーにも似た彼の視界に映る人影。 忘れようとも決して忘れられない宿敵の姿。 戦場を駆け回り、長年追い続けてきた相手が手の届く場所にいる。 あるかどうかも判らない次の機会など待っていられない。 戦の勝敗なぞどうでもいい。アルビオンもトリステインも関係ない。 余人には理解できぬこの感情をどうして止める事が出来るだろうか。 「コルベール! 俺は此処にいるぞ! 俺を見ろ!俺の声を聞け!そして俺と戦え!」 船体の軋む音を掻き消すように獣の咆哮が響く。 両国の戦争が終わろうとメンヌヴィルの戦いは終わらない。 コルベールを殺すか、あるいは彼に殺されるまで。 む、と視界に飛び込んできた陽光を手の平で遮る。 まだ寝ぼけているのか、頭の中がハッキリとしない。 そろそろスイッチを切り替えないといけないだろう。 ロングビルか、フーケか、それともマチルダか、 状況に応じて変えるべき名前と役柄を思い浮かべる。 ゆっくりと目を慣らしながら彼女は周囲を窺う。 だけど、そこは見覚えのない場所だった。 学院でもなく孤児院でも宿屋でもない。 そもそも自分が寝ているのはベッドではなく地面。 辺りには瑞々しい草木がイヤになるほど生い茂っている。 (……野宿するほど生活には困ってなかったはずだけど) そんな事を考えながら身体を起こす。 直後、寝起きに悪い顔が目前に飛び込んできた。 「目を覚ましたかね」 「うきゃああああーー!」 「しっ! 静かに!」 クロムウェルの手がフーケの口を押さえる。 ふと周囲に意識を配れば、あちこちに人の気配が感じ取れる。 それも穏やかではない空気を纏った者達の。 (ああ、そういえば戦争なんかに首突っ込んだんだっけ) ようやく脳裏へと戻ってくる様々な記憶。 その最後は火薬を満載した船の自爆で途切れていた。 「……って何で生きてるんだろ、あたし」 「余の虚無の力で治癒したのだ。 かろうじて命は取り留めていたが、あのままでは死んでいただろう」 なるほど、とフーケはクロムウェルの返答に頷く。 爆発の瞬間、ゴーレムを盾にしながら自分の身体を地中に沈めた。 以前、酒場か何処かで爆風は上と横にしか広がらないと聞いていたからだ。 それで即死だけはどうにか免れたのだろう。 ボロボロになった自分のロ-ブを見下ろして、 そこから想像された自分の惨状に思わず身震いする。 「礼を言っておくよ。おかげで丸焼きにならずに済んだからね」 「なに、取るに足りないことだ。 それよりも、ここから脱出するのに君の力を借りたい」 「……そいつはちょっと難しいね」 敗残兵を探しているのか、辺りには物々しい気配で満ちている。 避難する村人に紛れようにも面の割れていないフーケならともかく、 クロムウェルは敵の総大将だ。一目でバレてしまうだろう。 かといってゴーレムを暴れさせるのも得策ではない。 乱戦だったら有効な手だが、戦闘が終わった今では軍隊を相手に出来るとは思えない。 もって数分。その後は駆けつけてきた連中に囲まれて捕縛されるだろう。 しかし、その返答を予期していたかのようにクロムウェルは笑った。 「心配は要らん。あれを見たまえ」 クロムウェルが指し示した方向を見やると一人の少女がいた。 犬の亡骸を前にして、何事か叫びながら泣き続けていた。 桃みがかったブロンドの髪をした、見覚えのある少女だった。 胸が締め付けられた。理由なんてありはしないはずなのに。 しかし悲痛な叫びも届かぬとばかりにクロムウェルは語り続ける。 「今でこそただの犬の姿だが、あれこそトリステインの生物兵器。 余の艦隊をいとも容易く沈めた忌まわしい敵だが、死ねば誰であろうと余の友となる」 手に嵌めた指輪を撫でながらクロムウェルは恍惚とした表情を浮かべた。 恐らくは彼を従えて敵を殲滅する姿を思い描いているのだろう。 嘆く少女と笑う司教。二人を見比べながら彼女は取るべき道を選んだ。 呟いたのは錬金の詠唱、土塊が形ある物として生まれ変わる。 「君がゴーレムで注意を惹きつけ、その隙に余が……」 ざくん、という鈍い音で彼の演説は遮られた。 クロムウェルが視線を落とせば、そこには深々と突き刺さるナイフ。 それを手にしていたのは味方だと信じていたフーケだった。 何かを口にしようとしても言葉にならず、ぱくぱくと口が動くのみ。 やれやれ、といった面持ちでフーケは彼に告げた。 「もう諦めな。アンタは負けたんだよ……いや、見捨てられたって方が正確か。 ともかく、これ以上は無駄な犠牲者を増やすだけさ。潔く舞台から降りな」 クロムウェルは自分が道化であると気付いてさえいない道化だった。 そんな奴の妄言に踊らされて戦争に関わるなんて冗談じゃない。 もう、こいつの側にいても得する事は何一つない。 さっさとこいつの口を封じて本業に戻ってしまおうというのが半分。 もう半分は頭では理解できない感情に突き動かされての行動だった。 クロムウェルが自分の指に手を這わせた瞬間、彼は驚愕に目を見開いた。 彼が心の拠り所とする“力”が指から失われていたのだ。 「探し物はこれかい? これがアンタの“虚無”のタネだろ」 探していた指輪はフーケの手の中にあった。 何故、と擦れた声でクロムウェルは訊ねた。 複数の意味を含ませたそれにフーケは笑みを浮かべて答える。 「人間ってのは一番大切な物ほど自分の目の届く所に置きたがるものさ。 特にアンタは何かとこの指輪を触って確かめていたからね、丸分かりさ」 指先で摘まんだ指輪を目の前に持っていき凝視する。 特に嵌め込まれた石を重点的に観察し、確信と共に彼女は言い放った。 「それに、あたしはこの指輪の事を知ってたからね」 「…………!?」 「もっとも、死人を操るなんて使い方試した事もなかったから知らなかったけどね」 たとえ知っていたとしてもあの子は使わない。 生命の尊さを誰よりも知っているからこそ弄ぶ真似はしない。 彼女は自分のできる限りで助かる命を助けようとするだろう。 「こいつは退職金代わりに貰っていくよ」 弾いた指輪を空中でキャッチして彼女はその場を後にする。 最後の寄る辺を失うまいと必死にクロムウェルは彼女の後を追った。 だが、刺された傷は深く、枝や葉を道連れに彼はその場に無様に倒れ込んだ。 何とか身体を起こそうとする彼の頭上に影が差した。 フーケが戻ってきたのか、それとも部下が迎えに来たのか。 期待と共に見上げた彼の眼に飛び込んできたのは、ただの平民の姿だった。 手には農具を持ち、憎悪に満ちた視線で自分を見ろしている。 それはこの戦争に援軍として参加したアルビオンの民衆だった。 彼等にとってクロムウェルは自分の大事な者たちを奪った憎い仇であった。 クロムウェルを取り囲むようにして民衆達が歩み寄る。 「や……やめてく……」 最後まで言い終える事さえ出来ず、彼の言葉は悲鳴に変わった。 蟻が死んだ虫に群がるように次々と農具をその身体に突き立てる。 愛しい娘の名前、共に笑いあった友人の名前、かけがえのない恋人の名前、 失った者たちの名を口々に叫びながら彼等はクロムウェルを解体した。 それが皇帝を僭称し、生命を弄んだ男の哀れな末路だった。 戻る 目次 進む
https://w.atwiki.jp/anozero/pages/6438.html
前ページ次ページジ・エルダースクロール外伝 ハルケギニア 35.死霊術師と三つの月 とりあえず燃やすか?いや、それはもったいないな。 と、ムフフな本達の処分をどうするかマーティンは考えている。 ルイズは先ほどマーティンに本を渡した男を見た。 オモロ顔だわ。見れば見るほど。等と感想をこぼしたところで、 ふと目があった。何故か青年は顔を赤くして目線を外す。 やっべ。ヴァーミルナも可愛いけど、やっぱりこの子もすんごく可愛い。 むしろ素のままでこれなんだからこっちの方が可愛いっていうの? と、モグラ野郎はそんな事を考える。 どこの次元であろうとも、東京在住のサイトならルイズを美しく思ってしまうのだ。 ルイズは何とも言えぬ顔でサイトを見ている。何、今の反応。 さっきのキュルケの言葉がルイズの頭に浮かんだ。 オモロ顔なら現れるんじゃないの?オモロ顔なら現れるんじゃないの? 頭の中でこだまし続ける。やがてツェルプストーがおきまりのポーズで高笑いを始める。 いいえ、ダメ。もっとカッコいいのがいいわね。 頭の中の宿敵を爆発で吹っ飛ばした。変な服を着た青年に少々興味を覚えたルイズは、 結ばれたかもしれない男性に声を掛ける。 「ねぇ、あんたなに?」 サイトは崩れ落ちた。何ですか。人扱いですらないんですか。 そうだよね。だって俺モグラが似合ってるから。モグラだから仕方ないんだ。 とダウナー思考に陥りそうになるサイトだが、 なにか扱いに近づくだけじゃね?と思い直した。人として接すれば、 その内人扱いしてくれるヨ!とアッパー思考になったところで立ち上がり、 ようやく口を開く。それまでの奇態を目にしたルイズは、 うん、これ人じゃないわ。絶対違うわ。と思った。 「俺、平賀才人って言うんだ。その…」 「変な名前ね。で、あんたなに?人間とは違うと言ってくれると、すごく嬉しいけど」 何か良い感じな事を言う前にそんな事を言われて、 がふっ。と効果音付きでサイトは倒れた。 彼にはまだマリコルヌ程の耐性はないので、 いきなりそんな事言われて何言ってるのさ、人間だヨ。とか言えなかった。 そんなサイトをあきれ顔でヴァーミルナは見る。 『何をしているんだ?さっさと帰るぞ』 倒れてジタバタしているサイトを引きずって鏡の中に消える彼女は、 何故かルイズくらいの背丈の女の子になっていた。 デイドラの思考は、まったく理解できないものだ。 好きな人間の男に自分を心から愛させる為に、男の無二の親友を人質にとったり、 奥さんが亡くなって落ち込んでいる男を元気づける為に、 奥さんの墓の前で誰かに怒らせて戦わせてみたり、空から燃える犬をたくさん降らしてみたりと、 基本的に変な考えが、デイドラ達の間ではマトモな考えなのだ。 「何だったのかしら。あいつ」 「気になるのかね?ヴァリエール嬢」 はぁ?とルイズは顔を赤くもせずにジェームズの方を見た。 「ああ、脈無しか。いや、すまんすまん」 はっはっは。とジェームズは笑う。 このお茶目な王様は…。とルイズは思う。実際のところ、 自国の王様の方がよっぽどお茶目だったのだが、 ルイズはそんな事を知らなかった。 タバサが先ほどデイドラ王子から教えてもらった事を要約すると、 そこのエルフは魔法得意そうだから、そいつに頼め。 という事だった。少々の事情を省き、病状のみを説明する。 ティファニアもこんな商売を1年以上やっているだけあって、 事情を聞こうとはしなかった。おそらく姉さんが知っているだろうし、とも思っている。 タバサは船上の事と、使い魔の事を全員に口止めしているが、 盗賊に喋るなと言って喋らない方がおかしい。広げてくれと言っているようなものだ。 「できる?」 「はい。薬の効果を打ち消すだけなら作れると思います。手伝ってもらいましたし、 お代はいりません」 ありがとう。とタバサは頭を下げた。 まだお腹は減らない。今度はマーティンの所へ行った。 「リッチか…マニマルコが本当にリッチにしたというのなら、それはひどくやっかいだな」 やはり出来るだけ事情は言わずに話す。タバサの顔がこわばった。 「ただ、どうだろうな。私が知る限りリッチになった者は、まるで化け物の様になると聞く。 マニマルコは別格としても、従姉は昔のままの姿で君を覚えていたのだろう? まだリッチではないのかもしれない。デイドラが必ずしも真実を話す訳ではないからね。 問題は、どうすれば助けられるかということだ」 何らかの魔法を打ち消す薬を飲ませればもしかしたら。 ティファニアに薬の量を二人分作る様に頼んだとき、 ようやく彼女の腹の虫が、大音量で鳴り響いた。 お腹が空くと、嗅覚が鋭くなる。 音に驚いている部屋の面子を残し、 タバサは美味しそうな匂いの方向へ駆けていった。 二階の別の部屋。割り当てられた三つのベッドが置かれた部屋にて、 キュルケは眠ろうとした。が、お喋りな青髪の女が先にいて、 さっきからそのマシンガントークを聞かされている。 また、隣がアンアンうるさかったので壁にサイレントも掛けた。 魔法は案外上手くいって、壁に掛けた魔法が音を遮断する。外からの音は聞こえなくなった。 しかし、慣れない風の魔法を壁全体に使ったせいかそこで力が切れた。 自分にかければ良かったわね。けど、解除の先住魔法とかあったりして。 主に主人の待遇の悪さをグチグチ言ってる使い魔を見て、彼女はそんなことを考えた。 このギルドハウスには、二階に4つの部屋がある。 普通より少々大きいこの建物は、表向きには集会所や村のお祭りの際に使われている。 「でね。でね。お姉様ったらひどいのね。 自給自足とかありえないの。ご主人様として、 シルフィにおにくとかスペアリブとかを食べさせる義務があるのですわ」 どんな義務だ。と思いながら、はいはい分かった分かった。 と気のない返事をする。韻竜って結構お馬鹿ね。と思いながら。 「何なのねその反応!これだから人間はー」 「文化人気取るなら、まず服くらい着た方が良いと思うけど」 「人じゃないもんね。文化龍だからかまわないの」 さいですか。と生まれたままのシルフィを見て、 色気より食い気だから私の勝ちねとキュルケは笑った。 二人は同じベッドに寝転がり、話をしている。 本来一人用なのでくっつきそうな近さだが何も問題は無い。 キュルケは学生服のままだった。 「服なんて体を締め付けるだけなの。 動きにくくなるのはいや。 だからきゅるきゅるも、 そんなの脱いじゃえばいいのね」 とことん馬鹿なのかしら?とは口に出さず、寒いから嫌だと返す。 「そうか。人間「は」裸じゃ寒いから服を着るのね」 いい加減眠らせて。嫌々ながらキュルケはシルフィードの話を聞いている。 そんな時、どこからか大きな腹の虫が鳴った。 どうしてサイレントを超えてでも聞こえるのかしら? 何らかの力が働いているのかとキュルケは思う。 「今の、何?」 「お姉様ですわ。さっきからなんにも食べていなかったけど、 ようやくお腹が空いたのかしら?」 待て。とキュルケは頭の中でツッコんだ。それなりに親しい間柄だから、 彼女の食べる量はどれほどの物か当然知っている。 何故かシルフィードはえっへん、と胸を張った。 「まったく。シルフィがお腹一杯になったから、 後で食べようと持ってきたごはんが無ければ、 一体お姉様はどうなっていた事か…」 部屋の一角を占領しているとても大きな袋。 どうやって入れているのかは知らないが、 上手い具合に料理が入っているようだ。 「あの袋の中ってそれだったわけね。たしかにたくさんありそうだけど――」 中身大丈夫なの?と聞こうとする前に、 バタン、と扉が開く。そこにはタバサがいて、 何も言わずに袋の方へ行く。開けて食べ始めた。 「お姉様!マナーがなってないですわ! それ元々シルフィのなの! くださいって言わないといけないのね。 お姉様―?聞こえていますか。…このちびすけめ。 あ、そのスペアリブはダメなのね!」 メイジの実力をはかるには使い魔をみろという格言だか、 ことわざだかがあったと思うけど、 このコンビは本当に凸凹してておもしろいわね。 キュルケはあくびをして、ようやく夢の世界へ旅立てると思ったが、 さっきからのシルフィードの声を聞いている間に眠気が消え去ってしまったらしい。 変に目がさえてしまったのだ。経験則からして、こんな時は簡単には眠れない。 ああ、とため息を一つついて彼女はベッドから出た。 「たまには、男がいない夜更かしもいいかしらね」 タバサが持ち直した事に安堵しつつ、 キュルケは暴食している二人に、飲み物でも持って来ようと外に出る。 その足取りはどこか軽やかだった。 アルビオンから見える青の月と赤の月は、 地上から見るそれとは別格の美しさを誇っている。 今や死体と瓦礫の山になったアルビオン王家最後の砦は、 その美しい二つの月からの光に照らされている。 「素晴らしい光景だ。そうは思わないか?クロムウェル」 マニマルコの頭のルーンが妖しく輝くと共に、 身につけている死霊術師のアミュレットが青と赤の月に照らされた。 本来このマジックアイテムは自身の身体能力を低下させる代わりに、 魔法力を増幅する物だ。しかしルーンの影響かそれとも改良の結果か、 低下を引き起こさない上に以前よりも魔法力が増幅する品となっている。 おせじでも良い眺めとは言えない。クロムウェルは苦笑いでごまかした。 「いやー…それよりマニマルコ様。人員の確保も出来ていませんし、 レキシントンに戻って後続が来るのを待ちませんか?」 作業は出来ませんし、ここ寒いですし。とクロムウェルは言うが、 マニマルコはそれを無視して呪文を唱え始めた。 大損害を被ったレコン・キスタの軍は、現在戦傷者の治療やら何やらで忙しい。 城の検分を行うには、後二日は必要だと先ほど兵から聞いたところだった。 空に浮かんでいて寒いから、死体だってそこまで早く腐ったりしないし大丈夫ですよ。 と言われ、死体は見飽きたなぁ。と元司教の頭の中で感想がこぼれた。 「…マニマルコ様?」 「黙れ犬。ゾンビにランクアップでもしたいのか?」 いえいえまさか。とニッコリ笑って何も言わない事にする。 少し経って、イザベラと共に黒いフードを被り、 変なデザインが入った黒いローブのメイジが何人か来た。 何でもマニマルコの部下らしい。ガリアで彼女の教えを受けた「蠱の僕」、 だか「蠱の隠者」だとかいう連中だとクロムウェルは聞いた。 「マニマルコー。これどこに置けば良いの?」 片手で人が入る白い棺らしき物を持って、イザベラは言う。 へんてこなロゴが入った赤い布を持っている黒装束達は、 ひざまずいてマニマルコの指示を待つ。 「ああ、ありがとうイザベラ。ここに置いてくれるかな?慎重に。ひびが入ると面倒だからね。 お前達はその棺の下に大きい布を敷いておきなさい。小さいのを上に掛けるように。 分かったね?」 コクリと頷き、イザベラは交錯する手の骨とドクロが描かれ、 白と黒で縁取りされている布の上に棺を置いた。 死霊術師のタマゴ達は、二つの小さな布を棺の上に掛ける。 タムリエルの魔法は使えないが、使えなくても出来る事はたくさんある。 よしよし。とマニマルコは満足げに、その棺を眺めた。 口調こそ優しく見えるが、彼女は弟子にとても厳しい。 素材の無駄遣いや、素材その物をダメにすることを極力禁止している。 もっとも彼らはタムリエルの魔法を使えないので、 今はマニマルコの指示で防腐処理や、 マニマルコお手製のマジックアイテムを使って、 人間の魂を何処かから取ってきたりするくらいだ。 「あのー…マニマルコ様。何をされているのでしょうか?」 「まぁ見ていろ。もっと良い眺めにするだけだ」 また長い詠唱に入る。何でも東方には色々と魔法の種類があるそうで、 短い詠唱か、または唱えなくても問題無く使える魔法が今は流行っているが、 昔ながらの「古き法」とかいう魔法は、長々と呪文を唱えないといけないのだとか。 それはとても難しいから、イザベラはまだ使えないらしい。 魔法というのも色々あるんだなぁ。と全く使えない男は思う。 「ねぇクロムウェル。何が起こるのー?」 「いや、僕にも分からないんだ。とりあえず、静かに待っていよう」 長い詠唱が続く。クロムウェルは比較的綺麗な所に座ってそれを眺める。 隣にイザベラが座り、少し離れて黒い集団が座って、蠱の王へ祈りを捧げている。 本当に長々と続く。言葉が違うので雑音の様に聞こえるそれは、 眠気を増長させる役に立つ。イザベラがクロムウェルの肩に頭を乗せ、 スヤスヤ眠り始めた頃、ようやく詠唱が終わったようだ。 「さて…我が敵達の目はごまかせたか?」 死体に魂を入れて使役したり、魂そのものを使役したりする死霊術師は敵が多い。 毛嫌いする神は、エイドラにもデイドラにもいる。 白い棺――儀式用の祭壇――に天から光が降り注ぐ。 薄い桃色の光が辺りを照らす様はこの惨状の中でも美しく輝く。 それはクロムウェルがイザベラを起こすのには十分な理由だった。 「うわぁー凄い。これ、マニマルコがやったの?」 その光の意味するところを知らないイザベラは、 美しい死霊術師の月にうっとりしながらマニマルコに聞いた。 「そうだとも。これこそ私が編み出した魔法だ。 さて、眠っている連中やここらを漂っている連中がいい加減不憫だ。 起こしてやるとしよう」 近くの死体に近づき、マニマルコは呪文を唱えた。 何かが入り込んだかのように死体がうごめき、 意識を取り戻したかのように立ち上がる。 死霊術師の長たるマニマルコにとって常人では視認出来ない魂など、 ありふれた死霊術用の素材である。 普通のメイジなら魂を使うために「魂石」と呼ばれる神秘のアイテムが必要となるが、 彼だった彼女はそのまま使う事が出来る。 「マニマルコ様のお手を煩わせなくても、指輪がありますが」 「クロムウェルよ、あまり指輪は使うな。それの研究はまだ済んでいないのだ」 死体達を蘇らせ瓦礫を撤去させる。死体なのだから、 当然体のどこかが欠けている兵士もいる。 しかし何の問題も無く彼らは働いている。痛みも意識も無く、 忠実な奴隷としてのみ彼らは存在しているのだ。 「明日の昼には終わるな。死体が増えれば増えるほど、 作業がはかどるから楽になる。お前達は防腐剤の用意を。 腐り始めるとやっかいだからね。いくらかはスケルトンにするから、 それの準備もしておくように」 ペコリと頭を下げ、蠱の僕達はレキシントンへと戻って行った。 彼女の死体収集や死体を蘇らせる魔法は一般兵から奇異の目で見られているが、 クロムウェルの直属だからと、問題視はされていない。 魔法の腕も良く、水の秘薬が無くても大けがの治療が出来る事も大きい。 しかし最初からマニマルコにとって、 レコン・キスタの兵隊は実験道具程度の認識しかない。 その内皆自身の配下に加える予定だ。 犬は素体にすらならなさそうだし、外交とか面倒だからそのままにするつもりなのだ。 ジョゼフにこちらの統治を任されたので、楽しい所にするつもりである。 誰にも邪魔をされずに死霊術の研究が出来る所に。 古巣の、アルテウム島の様な防衛設備を持っているだろうこの大陸は、 それらをするにうってつけと言えるだろう。 「綺麗だねぇクロムウェル」 死んだ兵士が瓦礫を運び、マニマルコが辺りを漂っているらしい魂を死体に入れ、 蘇らせて働かせている事を除けば、そこは二つの月とたくさんの星の光と、 天から降り注ぐ淡い桃色の光が美しい景色を作っている。 「ああ、そうだね」 下界に捕らわれず、上を向いておけばいいや。 とクロムウェルは死体とその主を見ないで空を見る事にした。 ああ、これだけなら何も問題はないのに。そんな事を思いながら。 「美しい光景だ。これをシロディールに現した頃は良かったのだがなぁ」 死霊術師の月と、赤と青の月を見て蠱の王は呟く。 シロディールの政府高官の腐敗ぶりは、 未熟な見習い死霊術師が防腐剤処理すら施さずに作り、 真夏の炎天下の湿地帯に放置したゾンビの様な物だ。 実際その通りとしか言いようがない。ほぼ腐りきっているのが現状である。 基本的に帝国の中央シロディールで官僚になれるのは、 皇帝の側近である文武両道の優秀なバトルメイジを除き、帝都人のみである。 それらは、シロディールの田舎である西のコロヴィア地方や、 東のニベネイ地方で他種族と共に暮らす者達よりも帝都、 またはその近くに生まれ幼少から帝都の「洗練された」ニベネイ文化に触れてしまった、 帝国中央ハートランド近郊出身の者が多い。 つまり、帝国中心主義者しかいないということだ。 タムリエルにおいて、人間は寿命の低い側に位置する。 エルフが千年生きていられるのだから、当たり前と言えるかもしれない。 そしてどこの世界でも、腐敗した権力者は長生きしたいものだ。 そんな訳で帝都の官僚は死霊術師と手を組み、延命の為の報酬として死体を渡していた。 しかしメイジギルドの頭が変わり、ハンニバル・トレイブンと名乗る男が、 シロディールのメイジ達を統べるようになった時、異常が起こった。 「真の無知とはああいう奴を言うのだろうな…サイジックでも見たことのないタイプだった」 彼は死霊術絶対禁止令を掲げ、死霊術を行う者を容赦無く罰した。 結果として、有力者の庇護下にあった術者達は捨てられ、 力のある者達はシロディール以外の地方に逃げた。 そこにやって来たウジ虫のたかったゾンビの様な連中が、 我こそは蠱の僕!とか言い始めたので、それなら僕になってくれるか? とマニマルコが行ったのである。蠱の名を汚すなと言いたかったようだ。 もし隠れ潜む隠者がいれば、そいつも回収しておこうかとも考えていた。 しかし、隠者の様な事をやっている奴の中には、断食でリッチになろうとした馬鹿もいた。 ウジ虫でも頭に沸いているのかね?とオブラートに包んでやんわり言うと、 それすら有難いお言葉として流した。彼はその時シロディールには本当の馬鹿しか残っていないと痛感した。 あまりにも可哀想なので、最も単純かつ面倒なリッチ化の方法を教えてあげたのだが、 以前『死者の書』に書いた内容であるにも関わらず、文書化不可能とか言い出した。 はぁ。とマニマルコはため息をついてから、こいつの始末を闇の一党に依頼した。 こんなのに最も簡単な物といえども、蠱の秘術を教えた私が馬鹿だったと思いながら。 「ダガーフォールでも何があったかまるで分からん。後一歩だったはずなのだがな…」 気が付けばサラスに戻っていて、ずっとここにいましたよ? と部下に言われた。神の名を語る連中が介入したのは間違い無かった。 過去への介入は、連中の誰かが創った巻物の影響で不可能なはず。 ならば記憶を改ざんしたか。とマニマルコはその時思った。 その後時折タムリエルに戻っては、各地のメンバーの研究発表等を彼だった彼女は聞いていた。 新しい風により、様々な事が違う視点で明らかになる様は、見ていて面白い物だ。 「だが、まぁ良い。時間だけは無限にある。チャンスはまた巡って来るだろう」 そんな事を呟きながら、34体目の死体に魂を入れていると、 後でクロムウェルと言う名の駄犬が、叫び声を発した。 いい加減死体の耐性は付いたはずだが。と思って振り向くと、 2メイルを超える亜人らしき男がいた。 人なら両手で持つだろうハンマーを片手で持っていて、 体の色は緑で目は赤く、髪の毛は無い。 上半身はその筋骨隆々とした肉体を見せつけたいのか裸だった。 「あの槌は…ヴォレンドラングか?ならば――」 やはりここにも現れるのか。いや、だが何故こいつが現れる? オークの王に、オークの死体をくれと使いを出したからか? 妖艶な、黒髪の女の体を寄り代としているマニマルコはそんな事を思った。 これに魂を入れた理由は、元の素体が大気からの魔法力吸収効率が高かったからで、 それを手直しして尚更良い具合にしたからだ。それ以外の付加価値なんて、微塵も考えていない。 『マニマルコとは貴様の事か?ああ?』 いかにも不機嫌そうなデイドラの主、マラキャスが言った。 彼は元々「トリマニック」と呼ばれるとても腕力のあるエイドラだったが、 色々あってデイドラになった存在である。 「これはこれは妖魔の王マラキャスよ。あなた様の姿が見られるとは、真光栄に思います」 そんな事は全く思っていないが、社交辞令というやつである。 マラキャスの機嫌は悪いままで、吐き捨てるように話を始める。 エルフの面汚しめ。とマニマルコはそんな感想を頭の中でこぼした。 『この俺様からの儲け話だ。お前の主をある女に殺させたい』 「それは願ってもないこと。ですが…」 『分かっている!今回は少々勝手が違うからな。報酬を言え。用意するぞ』 マニマルコはそれを聞いてニヤリと笑った。 一つ、欲しい物があった。そう簡単には手に入らず、とても力のある物だ。 「では、ハイランドに生息している人間以外の連中の死体を」 マラキャスの顔が不快に歪む。体が怒りによって震え、 ヴォレンドラングの柄から軋む音がした。手に力が入りすぎて、 自身が創ったアイテムすらその馬鹿力で壊れそうになったのだ。 『俺様が、誰か、分かっていて--それを言っているのかぁ!!』 マラキャスの叫び声が辺りに響き渡る。その声は辺りにいる死体に縛り付けられていた魂達を引っぺがし、 近くにあった瓦礫を塵になるまで粉砕した。 そのまま雄叫びを上げ、マニマルコを睨む。 神の怒りが向けられているというのに、彼女は涼しい顔だ。 片手の槌を振り上げ、緑色の亜人はマニマルコ目掛けて振り下ろす。 風を切る音と共に槌は彼女へ向かうが、顔に当たる直前で何故か止まる。 心底嫌そうな顔を浮かべるマラキャスはうなり声をあげて威嚇するが、 マニマルコには何の効果も無かった。 彼女の目論見は当たった。デイドラが自分から頼みに来るということは、 つまり私以外には出来ないということだからな。 マニマルコはほくそ笑む。 『…いいだろう。殺してから報酬は渡す』 「ありがたく頂戴いたしますマラキャス様。では、その内容の方をお話下さい」 メファーラの計画が書かれたメモを渡して、マラキャスは塵となり消えた。 やれやれとでも言いたげにマニマルコが肩を回していると、 クロムウェルとイザベラが彼女の方へ走ってきた。 「マ、マニマルコ様!今のは一体?」 「追放されし者の守護者だの、復讐の神だのと言われる低脳だ。 気にするな。所詮連中は神ではない…ああ、訳が分からんか。 面倒だから分からないままでかまわん」 分かりたくもない。死霊使いと出会ってから心休まる日が一切無いクロムウェルは、 聞こえないようにぼそりと呟いた。 「あれ、神様なの?」 「違うよイザベラ。力が強くて死なないだけの、可哀想な豚だ。全ての連中に言えることだけれどね」 どーいう意味?とイザベラは聞き返すが、マニマルコは彼女の頭を撫でるだけだった。 だが私は違う。そう誰にも言わず己に言い聞かせて。 前ページ次ページジ・エルダースクロール外伝 ハルケギニア
https://w.atwiki.jp/anozero/pages/7516.html
前ページ次ページ虚無と最後の希望 level-18「信念」 「殺せぇ!」 と、二人が天井が崩れる礼拝堂から飛び出すと、アルビオンの兵士が二人を見つけるなり叫び走り寄って来る。 攻めていなかった礼拝堂から出てきた、敵だな。 そんな単純過ぎる考えなのか、ワルドの咎める声を無視して突っ込んでくる。 「馬鹿者が!」 杖を向け、迫ってくる一団に風の魔法、ウインド・ブレイクを放った。 人を跳ね飛ばす強烈な突風、それをまともに受けて数十名が纏めて吹き飛ばされた。 「私はレコン・キスタのワルド子爵だ! 味方すら分からぬとは、この部隊の指揮官は誰だ!」 声を張り上げ、一遍して睨みつける。 杖を向け声を張り上げる子爵は『怒っている』、それが容易に分かるような『演技』。 演劇について目が肥えているわけでは無いチーフから見ても、『大根』だった。 そんな下手な演技ではあるが、それを見て兵士が動揺し狼狽し始める。 「も、申し訳ありません!」 兵士を掻き分け、焦りながらも前に出てくる男。 「このような間違い、私で無かったら今頃お前は魔法で殺されていたぞ」 怒り心頭の子爵に恐れを為しての行動。 やはり兵士を纏めて吹き飛ばした事が効いているようだ。 「……まぁいい、司令部は今どこにある?」 「まだ城外に……」 脅すような物言い、真実は隠れていても今はレコン・キスタに所属する者。 子爵が言うように、他のメイジだとしたらこの隊長は間違いなく殺されていただろう。 それだけ隔絶した存在の差、それは熱いものを触り、意識せず瞬間的に手を離すような。 脊髄反射的に頭を下げる、貴族と平民と言う型枠に嵌められ、それから抜け出す事が非常に難しいものとなっていた。 地球人類の有史以上に長く続く、この貴族格差が骨の髄まで染み込んでいるかのようだった。 「しっかりと見よ、そうして気を付けるのだ」 「は、はい!」 許してやる器量を見せる、元より構ってやる必要も無いので先へ進む。 数十数百のもアルビオン兵士とすれ違う、城へ向かう者達と、城から出る者たち。 後者のワルドとチーフはニューカッスル城の門を悠々と後にする 城内中庭と変わらず、チーフに視線が注がれるがたいした事にはならないので放って置く。 縦に大きく、横にも大きい全身緑色と黒の、顔の大部分に明るい橙色を付けた存在に目が行かないわけが無いが……。 「ワルド子爵でしょうか?」 「ん? ああ、そうだが……」 そうして目標が居るだろう司令部を探し歩み進んでいれば、前方から走り寄って来るマントを羽織ったメイジ。 ワルドとチーフを一遍した後、話しかけられた。 「閣下からワルド子爵に言伝を預かってまいりました」 「閣下から……? 聞こう」 「『子爵の報告を今すぐ聞きたいのだが、余にも色々やらねばならん事がいくつもある。 すまないが、天幕を用意したので余の手が空くまでそこで休んでいてくれたまえ』、との事です」 「……確かに」 「こちらです、付いてきてください」 そう言って背を向け、歩き出す伝言役のメイジ。 「……怪しいな」 そう小声で呟く子爵、やはりすぐに目標の達成は出来ないようだ。 歩く事十数分。 指定された天幕、そこの前まで案内される。 周囲には同じく幾つもの天幕が張られていた。 「それでは失礼します」 「……ああ」 踵を返し、歩き去るメイジ。 見送らず視線だけで周囲を見渡し、天幕の中に入る。 チーフもそれに続き、中に入る。 子爵はそれを確認した後杖を取り出し、ディテクト・マジックを唱え、魔法による盗聴や盗見が無いか探る。 光が収まり、目や耳が無い事を確認した後杖を収める。 「……どう思う」 「時間稼ぎ、縫い止める目的もあり得る」 何のために、と言う疑問があるが。 推測、憶測でしかないがここは敵地であり、こちらの行動がばれている可能性もある。 子爵の裏切りも疑惑もまだ晴れては居ない、何らかの意図があると注意して掛かる事は決しておかしくない。 「通常ならば、重要な報告はすぐにでも通されるのだが……」 何かある、今現在の状況は勘ぐっても不思議ではない状態だと言う事だと子爵は言う。 攻城戦が終わり、城内への進行、城に潜む王党派の殲滅戦へと移行していると言う状況。 戦争は既に終わりに近い、消化試合にも似た戦闘。 今の状況なら子爵の報告を耳に入れても良い頃合なはず、それをしないとなると……。 「……天幕の中に居るのは危険か」 奇襲、それもあり得る。 過ぎたる警戒か、損をする訳でもなく怠る理由もない。 天幕の入り口、垂れ下がった幕を腕で押す。 空は雲一つない蒼、晴天が広がっている。 「……周囲からの奇襲か」 張られた天幕相応、何人もの兵士たちが忙しそうに走り回っている。 その中でこちらに向けられている視線は無い、覗いているという可能性もあるが、見える範囲にワルドとチーフを見ている者はいない。 「天幕に入った瞬間にでも魔法を放てば良いものを……、何故そうしないか……」 処分する気なら子爵が言った通り、天幕に入るのを見計らって何らかの、殺傷力の高い魔法を放てば終わる。 チーフならばエネルギーシールドがあり、キャパシティ限界まで身に入るダメージを無効化するが。 少なくとも子爵なら怪我を負い、死に至る可能性も十分過ぎるほどあった。 それをしないとなると、何らかの狙いがあるのかもしれない。 「……考え過ぎかも知れんな」 警戒するに足るかと言う疑問、そんなものなど必要なく、警戒し続けるのが当たり前。 当面の目標はレコン・キスタの指導者クロムウェルの捕獲、それが不可能なら排除と言う手段をとる事になっている。 だが今現在はニューカッスル城から一キロも離れていない平原の天幕、クロムウェルの居場所も掴んでいないためにまともに動けない。 現在の状況を鑑みて選ぶ、ここは大人しくしているべきだと。 そうして30分と言う予想以上に短い時間の内に命令を伝える、先ほどと同じメイジが伝令として天幕を訪れた。 「失礼します、閣下からワルド子爵への言伝を預かってまいりました」 そう言って優雅に一礼するメイジ。 それを取り成し、子爵も礼を交わす。 「何かあったのか? 閣下は随分と忙しいのだろう?」 「閣下は『天幕では何分休みにくかろう、落としたニューカッスル城に部屋を用意してあるので、そこで休んでもうしばらく待っていて欲しい』との事です」 「……君は」 「すぐに案内役を遣しますので、その者に付いて行ってください。 それでは失礼します」 「待ちたまえ!」 と子爵が制止を掛けるが、伝令のメイジは意に介さず立ち上がって天幕から出て行った。 「……なんだ、今の伝令は」 子爵が不満の声を上げる、確かにそう言う感情が湧き出るかのような行動。 まるでただ伝令を伝えるだけのような、子爵の言葉が全く聞こえていないかのような感じが見受けられた。 「………」 杖を取り出し、ディテクト・マジックを唱える子爵。 魔法の目や耳が無いか調べ、そうして問い掛けてきた。 「……どう思う?」 「おかしい、何らかの異常があるのかもしれない」 まるで人形のよう、淡々と命令された事をこなす機械のような印象を受けた。 だが、実際の伝令はどこからどう見ても人間にしか見えない。 この惑星で科学技術、機械技術など無きに等しい。 そこで代用、と言うわけではないがガーゴイルなどの魔法人形なのかとも思ったが、動きの端々に人間臭さが見えた。 「……何か有ると思った方が良いか」 だが普通ならば子爵が呼び止めた時に足を止め、何かあるのか聞くだろうが完全な無視。 何らかの理由で出来るだけ早く戻らねばならないにしても、子爵に一言断れば良いはずだ。 聴覚不全などの者を伝令として使う訳もないだろう、そうして考えるとあの伝令役のメイジは『どこかおかしい』。 少しずつ積み重ねられる異常、不安感を煽るには十分なもの。 「従わぬのは拙いか、だが素直に付いていくのも……」 何が有ろうが無かろうが、行くしか方法は無いだろう。 とりあえず天幕の外に出る。 「本当にそれしかないのか……、そこの君!」 子爵が頭を上げ、走る兵士を呼び止めた。 「君! 司令部がどこにあるか分かるかね?」 「司令部……ですか、自分ではちょっと……」 「知っている者はここら辺にいないかね?」 「部隊長なら知っていると思いますが、今は城内に……」 「……そうか、行って良いぞ」 「失礼します」 敬礼をして走っていく兵士。 子爵が次に呼びつけたのは、先ほどの兵士より装備が充実した兵士。 「そこの者! 司令部がどこにあるか知らないか」 「いえ、詳しい位置は……」 「そうか、行って良い」 「はっ」 そうして次々に声を掛けるが、一人たりとも司令部の位置を知らない。 中にはメイジも居た、前線に出る貴族は部隊を率いるか、メイジだけで構成された魔法攻撃隊として動く。 十中八九知らされているはず、しかし誰もが司令部の場所を知らない。 「……どう言う事だ? 何故誰も知らない?」 子爵の物言いでは知っていて当然と言ったようだ。 何かがおかしい、浮き彫りになっていく異常。 不安が過ぎるが、ここはこうだろう、あそこはこうするだろうと言う決め付けは危険だ。 視野を狭め、自身所か友軍の危険まで呼び込んでしまう。 そうして決めて行動するのは尚早、求められるのは即応性、臨機応変の対応能力。 どうしても後手に回ってしまうが、今現在はそれしか選べる選択肢は無いと思われる。 「子爵」 積もる不安と思案、この状況に対してどう動くか決断を迫られる。 天幕が並ぶ平原に、走る兵士やメイジの間を抜けてこちらを向いて歩いてくるメイジが見えた。 「……行かねばならんか」 そうして案内役のメイジを向かえる。 礼を交わし、案内役のメイジが口を開く。 「こちらです」 進む案内役に付くワルドとチーフ。 歩いていく3名をひたすら見る者、走り回っていたメイジや兵士が完全に足を止めて遠のく3人を見る。 その状態から数分、完全にワルドとチーフの姿が見えなくなって動き出す。 ゆったりと動き出す者たちの表情は無い、真顔、無表情で動き出して天幕を片付け始める。 それからものの十分、ワルドとチーフが休んでいた天幕を含む、この一帯に敷かれていた天幕群が完全に消え去った。 そんな事を知らず、案内されるがまま陥落して一日と経っていないニューカッスル城へと入る。 ぼろぼろに崩れた城門を潜り、城内に歩を進める。 一階エントランス、大広間に広がるのは惨状、片付けたのだろう死体は無いが激しい激戦の後が見て取れる。 床や壁に大きな亀裂や抉れた跡、火の魔法で出来た焦げ目、窪みに溜まる溶けた水、棘が生えたように隆起して激しく変形した床。 そしてどこに視線を向けても赤いこびり付き、要は生き物の血が飛び散り乾いている血痕。 「………」 死戦、元より生き残る心算が無かった為の激しい抵抗。 激戦故か、豪華だったらしい内装も見る影は無い。 「こちらです」 大広間を抜け、通路に入っても変わりない。 亀裂や抉れ、魔法行使を確認できる跡、血痕も変わらず残っている。 それを踏み分け、通路を進み続ける。 半分以上砕けた階段を上り、上り上り上り、六階、七階、八階と次々と上がっていく。 折り返す階段を上る事9回、階層にして10階まで上る。 「こちらです」 低い、と感じる。 もちろん高低という意味ではなく、チーフが思う低さとは戦闘時に発生する『撤退、退却の成功確率』。 クロムウェルを捕獲し、アルビオンから逃れる必要がある以上、クロムウェルを抱えて追っ手から逃げ切らなければいけない。 もしニューカッスル城で捕獲できたとして、どうやって逃れるか。 隠れるにしても数百数千と探索に人員を導入出来るであろうから、それこそ一時間も持ちはすまい。 いや、それだけ隠れられれば御の字と言った所だろう。 見つかり戦う事になっても城の中なので一度に対峙する兵士の数はそこまで多くは無いだろう、だが総数は五桁にも及ぶためにまともに相手には出来ない。 如何に魔法の不可思議な力で強化されるとは言え、相手に出来る数にも限度はある。 弾薬にしても魔法にしても、消耗品には変わりなく一日二日で補充、回復できる物でも無い。 自身が無事に帰還するには最悪、クロムウェルの捕獲ではなく暗殺に切り替えるべきかもしれない。 またクロムウェルと対談する場所にも因る、案内される部屋なのか、また別の場所なのか。 場所的に捕獲するか、暗殺するか、どちらの方が最適かを判断しなければいけない。 「ここです、閣下からの御用命があればすぐにでもお伝えしますので」 一礼、頭を下げて案内役のメイジは下がった。 子爵は去るメイジには目を向けず、立ったまま数十秒。 それから動いたにしても鈍重、警戒しているとも取れる動き。 腰のレイピアに右手を掛け、左手でドアノブをゆっくり回す。 「……何も無いか」 既に基本と言って良い探知の魔法を掛ける。 確認した後、大きなため息を子爵は吐いた。 攻城戦の被害が少なかったのだろう、小奇麗な部屋のソファに座りながら問いかけてくる。 「さて、これからどうする? おそらくは向こうから来ると思うが、そうでない場合は退却の方法でも考えねばならん」 捕獲か暗殺か、どちらかになって逃げる際に選ぶ選択肢。 敵陣を抜けて強行突破か、何かしらの乗り物を奪って逃げるか。 前者はどう考えても無理だろう、戦車(スコーピオン)でもあれば可能かもしれないが。 そうなると後者、風竜でも奪って飛んで逃げる位しか出来ない。 「……だろうな、とは言えクロムウェルを都合良く捕まえられるかどうかか」 尤もだ、皇帝であるクロムウェルにはスクウェアクラスの護衛が複数ついているだろう。 捕獲するとなると護衛を排除しなければならない、スクウェアともなればドットスペルでも容易くで人を殺せる。 子爵と同レベルのメイジである可能性が高い故、魔法を使う前に排除が必要になる。 そうなるとより暗殺の方が確実に思える。 しかしながら皇帝であるクロムウェルが持つ情報も捨て置く事は出来ないだろう。 状況に応じて決めるしかない。 「待つか、そうする他手はあるまい……」 違いなく、二人はそれ以外に選ぶ選択肢は無い。 それしかない故に止まる、ワルドはソファに座りっぱなしになり。 チーフはチーフで立ったまま、会話一つ無くただ時間が流れる。 息苦しいとか、雰囲気が悪いなどではなく、二人とも一定の緊張を保っているだけに過ぎない。 ここは敵地であり友好を深めると言う場所でもない、そうして時間が流れて一時間を過ぎた辺りに事は動いた。 「……反応が6」 唐突、近寄る影の一つも無くただ時間が過ぎるだけであったこの場所に近寄ってくる反応。 「左右の通路から3ずつ」 その声にワルドは頭を上げ、チーフを見る。 「こちらに近づいてきて、移動速度を緩めた」 どう言う事か、なぜ移動速度を緩めるのか。 またその6と言う数は何なのか、何故左右に分かれてくるのか。 答えは確信に近い。 「………」 ドア近くに立つチーフはワルドを見る。 すばやく背中のアサルトライフルを右手に取り、左手にはハンドガンを取った。 そしてそのハンドガンの銃口を子爵へと向けた。 「……そう取るだろうな、君がそう思ったならやれ。 不安材料を抱えたまま逃げるのも厳しかろう」 立ち上がり険しい表情の子爵、持っていたレイピアを手放しチーフの足元へ放る。 魔法発動媒体である杖を放り投げるのは、今の現状命の放棄に近い。 「………」 礼拝堂の時と同じ、覚悟があるのだろう。 右手のアサルトライフルを背中に担ぎなおし、左手のハンドガンも下ろす。 足元に転がるレイピアを拾い上げ、柄を子爵へと向け差し出す。 「それは自分が判断すべき事ではない」 最先任上級兵曹長<Master Chief Petty Officer>たるSPARTAN-Ⅱ-117に求められるのは『戦闘能力』。 罪過を決める事ではなく、敵を打ち砕く武器となる事。 「罪を裁いて欲しくば生き残れ、罰を受けたくば生き残れ」 マスターチーフははっきりと、ワルドだけに聞こえる声でそう言った。 前ページ次ページ虚無と最後の希望
https://w.atwiki.jp/anozero/pages/8308.html
前ページ次ページ確率世界のヴァリエール 「んでギーシュ、あんなこと言っちゃって とっておきの魔法でもあるの?」 「いやいや、僕の魔法はもう打ち止め」 攻撃の手を止め肩で息をするキュルケに向かい、ギーシュは 全ての花びらが散り落ちた杖をヒラヒラと振ってみせる。 「さあてそろそろ」 狂喜に歪んだフーケの声が響く。 甲高い金属音を立てて、二人の足元に最後のワルキューレが バラバラになって叩きつけられる。 「死んでもらっちゃおうかねえ!」 「んじゃどーすんの?」 キュルケが引きつり笑いでフーケのゴーレムを見上げる。 「なになに、仕込みは上々さ。 後はキュルケ、あのゴーレムの 足の一本でももいでくれる?」 「簡単に言ってくれちゃってまあ」 「出来ないの?」 「冗~談」 「なに話し込んでるんだよ二人とも! こっちもそろそろ打ち止めだ!」 「わ~かってるって!」 マリコルヌが目くらましのエア・ハンマーを打ち出すと同時に、 キュルケはモンモランシーと一緒に身を潜めていた 自身の使い魔フレイムの元に駆け寄る。 「フレイム。 アナタの「火」、ちょっと借りるわよ」 そう言いながらキュルケはフレイムの首を引き寄せる。 「使い魔の力を借りるってのはねぇ、 何もルイズの専売特許じゃあ無いのよ」 呪文を唱え掲げた杖の先に火を灯しつつ、自らの使い魔に口付ける。 そのとたん、杖を持ったキュルケの腕が燃え上がる。 その炎が束ねられ、杖先の火球が猛烈な勢いで膨れ上がっていく。 「一人一人では単なる火でも、 二人合わされば炎となるわ! 行くわよ、『フレイム』ボーールッ!!」 ゴゥンッッ!! 直径1メイルを超える大火球がゴーレムの足元で炸裂する。 「やったっ!」 爆音が静まり舞い上がった土煙が晴れていくと、 巨大なゴーレムは両膝から下を吹き飛ばされていた。 「喜んでいるところ悪いんだけどねえ」 ゴーレムの足が周りの土を吸い上げ見る間に再生されていく。 「この程度、どうって事ぁ無いんだよ!」 ゴーレムがゆっくりと立ち上がり、拳を振り上げる。 「さあ~、もう許さない! さあ~、誰も助からない! さあ~、さっさと死んじまえ!!」 「いや、お前の負けだ。 土くれのフーケ」 ゴーレムの前に立ちはだかったギーシュが高らかに宣言する。 「ハン! なに負け惜しみを、、、?!」 言いかけたその時、不意に足元のゴーレムががくがくと揺れ始める。 「成程たいした再生力だ、大飯喰らいの王様だ」 ゴーレムのあちこちがミミズ腫れの様にぼこぼこと盛り上がる。 「その彼の最大の武器が、彼の最大の弱点でもある。 古今暴君は己の傲岸さ故に毒酒をあおる」 「何をした?!」 「何もかも」 魔力を使い果たした杖をくるくると回し、 芝居がかった様子でギーシュが語る。 「港町ラ・ロシェール。 此処は良い所だねえ。 僕は来るのは初めてなのだけれど、一緒に訪れた親友の一人が 奇遇にもこの町の出身だったようでねえ。 昨日は存分に旧友と親交を暖めたようだよ」 フーケの足元がぼこりと盛り上がり、そこから何かが跳びかかる。 「紹介しよう、僕の親友にして僕の毒」 「っぎゃーーっ?!」 「ヴェルダンデとその仲間達だ」 制御を失い崩れ落ちた土くれの小山の上で、気絶したフーケの身に着けた 宝石にモグモグと何匹ものジャイアントモールがたかっている。 腕を火傷したキュルケを手当てするモンモランシーの横で ギーシュは空を仰ぎ見た。 (さあ、上手くやれよ、ルイズ) † アンリエッタの艦隊はラ・ロシェールへと押されつつあった。 ボーウッドの陽動作戦は功を奏し、アンリエッタは竜騎兵の大半を ラ・ロシェール防衛へ割り振らざるを得ず、防衛部隊が劣勢と なった時のために陣をラ・ロシェールに近い位置まで引いていた。 その後退に付け込まれ、大きく陣形を崩しつつある。 「ソレイユ撃沈! ソレイユ撃沈!!」 「くっ、乗員の退避を助けろ!」 「救助いそげ!」 「各艦被害状況を報告せよ!」 「三番艦、応答ありません!」 「連絡を取りに行け、フライででもだ!」 伝令達が慌しく走り回る戦艦メルカトール号の上で、 艦隊司令官のラ・ラメーがアンリエッタの元へ駆け寄る。 「殿下、これ以上引けば流れ弾がラ・ロシェールに届きかねません!」 「解っています。 ?! 提督!」 ごうっっ!! 後方から突然に炎のブレスを射掛けられる。 アンリエッタとラ・ラメーの周りに魔法障壁が張られるが、 風に流された炎を受けてメルカトール号のマストが燃え上がる。 「く、前方に気を取られすぎたか! 早くマストを消火しろ!」 メルカトール号の上空に、十騎ほどの竜騎兵が獲物を狙う様に弧を描く。 「敵竜騎兵、我が艦の上方! 再度来ます!」 「くそ、太陽に入られた!」 手をかざし敵を見上げる兵士達の目に、敵群に近づく新たな影が映る。 「何だあれは? 速過ぎる!」 「新手か!」 「いえ、あれは、、、」 ただ一人アンリエッタだけが、あり得ぬ速度で敵に近づく その影が何であるかを理解した。 「あれは、シルフィード!!」 シルフィードは竜騎兵達を牽制するように敵陣を真一文字に 突っ切ると、そのまま急上昇して彼らのさらに上につける。 「ここでいいわ、タバサ」 「がんばってくるのね、ルイズ!」 シルフィードがきゅいきゅいと頭を寄せる。 「ふふ、ありがと、シルフィ。 じゃあ、征って来る!」 ルイズはそのまま眼下の竜騎兵達に向かい逆しまに身を躍らせる。 大きく息を吸い込む。 脳裏に浮かぶのは、幼い頃に寝物語に聞かされた母の武勇伝。 ルイズは目を見開くと、杖を掲げて声を限りに名乗りを上げた。 「我が名は『虚無の魔女』!! 我はルイズ・フランソワーズ・ル・ブラン・ド・ラ・ヴァリエール!! 我が主の敵を打ち倒しに 参 る ! ! 」 「『虚無の魔女』、だと?!」 メルカトール号に再度攻撃を加えようとしていた竜騎兵達が 空からたった一人で降りてくる桃髪の少女を見上げる。 「あれが『魔女』か、『虚無の魔女』か!」 「仕留めろ!」 「討ち取れば恩賞は思いのままだ!」 急降下するルイズに竜騎兵達が追いすがり、一騎が炎を吐きかける。 「なっ?!」 しかしその炎はルイズの髪を焦がす事すらなく<空気の壁>に阻まれた。 (まだだ) 親指を立てるルイズに、上空のタバサがサムアップを返す。 (まだ) 小さく息を吐き、杖を構え呪文を唱える。 眼下にトリステインの戦艦が近づく。 (左手は添えるだけ。) タバサの言葉を思い出す。 「今!」 ルイズを追っていた竜騎兵達が見えない壁に叩きつけられたかの様に 急停止し、騎兵達は振り落とされ、あるいはそのまま宙吊りになる。 「あれは、レビテーション(浮遊)、いや、フライ(飛行)か? しかしあれだけの数を一度に浮かせるとはまた、なんという、、、」 メルカトール号の上で呆然と見上げるアニエスの横で、艦長が叫ぶ。 「撃て撃て、撃ちもらすな! いまの奴らはただの的だ! 撃ちまくって『虚無の魔女』どのをお守りしろ!」 空中に釘付けになった火竜達がメルカトール号からの銃撃や魔法で 次々と射抜かれ、難を逃れた者も巻き添えを恐れて遠くに下がっていく。 メルカトール号の甲板上に慣れぬ浮遊魔法でおっかなびっくりと 降り立ったルイズに、アンリエッタが駆け寄った。 「ルイズ! どうしてここに?」 尋ねるアンリエッタにルイズはきっぱりと告げた。 「姫殿下、ここに居るのは殿下のお友達のルイズでは御座いません。 殿下の僕(しもべ)たる『虚無の魔女』で御座います」 「でも、貴女までが戦場に来ずとも、、!」 「いえ」 ルイズは懐から『始祖の祈祷書』を取り出す。 「殿下より賜りましたこの『虚無』の力、お捧げ致しますのは 此処を置いてより他には御座いません」 「そう、、、そう、なのですね」 アンリエッタは少し悲しげに目を伏せた後、毅然と向き直った。 「ではミス・ヴァリエール。 『虚無』たる貴殿のお力、お借りします」 「はい、殿下」 「いや、お見事な手前でしたな。 しかし噂の『虚無の魔女』殿がこんなに可愛らしいお方だったとは」 メルカトールの艦長が蓄えた髭をなでつつルイズに敬礼する。 「先ほどは有難うございました。 お名前は? ミスタ」 「フェヴィスと申します。 以後お見知り置きを、『虚無の魔女』殿」 「殿下、好機です!」 前方を指差すラ・ラメーの視線をアンリエッタが追う。 「奴らめよほど指揮官に恵まれていないと見える」 「まだ望みはあるようですね、提督。 敵戦列が伸びています! 小回りの利く分こちらが有利! 単独先行している敵艦を挫くのです!」 「はっ!」 ラ・ラメーが頷き、号令をかける。 「後退はここまでだ、各艦回頭! 突出している敵艦に集中砲火をかける!」 † 「何をやっている、一気にラ・ロシェールまで押し込まぬか!」 レコン・キスタ艦隊の中央、戦艦レキシントン号の上で 突然の反撃にクロムウェルはいらいらとした声を上げる。 「艦列が伸びた所を狙われたようですな。 先行している艦を戻せ、戦列を整えろ!」 指示を出すレキシントン号艦長ボーウッドをクロムウェルが睨む。 「なに、なぜ戻す? 一気に突き崩せば良いではないか!」 「閣下、戦はここで終わりではありませぬ。 おそらくは既にトリスタニアから援軍が来ておりましょう。 トリスタニアへ攻め上るにはそれらとも戦わねばなりません。 無理に力押しをして無用の損耗を出すのは上策ではありませぬ。 このままじりじりと押し込めるが宜しいかと」 ばりばりとクロムウェルが歯噛みする。 「くっ、、、 そもそもこれしきの追撃戦で戦列を乱すとは、 前線の、ええい、何と言うのだあの艦は! 艦長を呼んで来い!」 「は、後で調べさせましょう。 ご安心を、閣下。 もはや戦況は決しております」 「む? そ、そうか」 ボーウッドの言葉に多少の平静を取り戻し、席へ座ろうとした クロムウェルの体を爆音と衝撃が揺さぶる。 「な、何だ? 何があった?」 慌てて後方を振り返ると、後衛の艦から火の手が上がっている。 「伏兵か?!」「いえ、それらしき影は何も!」 兵士達が騒然としている間にもじわじわと炎は艦を包み、二度三度と 爆発を繰り返してゆっくり高度を下げていく。 (まさか、まさかこれは) (いや、しかし、、、) ざわめく兵士達の間を縫い、伝令がクロムウェルに走り寄る。 「前線の竜騎兵より報告! 敵旗艦上に、、、『虚無の魔女』が、現れたそうです!」 伝令がその名を口にした刹那、墜落していく艦の巻き添えを恐れ 退避していた隣接艦も、轟音と共に爆炎に包まれる。 「なっ、、、だ、と?」 山腹に落ちていく二隻の艦を見つめ放心するクロムウェルをよそに、 甲板上の兵士たちの間に見る間に恐怖が伝染していく。 「まさか、「アレ」は人の乗る船は襲わないという話じゃ?!」 「馬鹿を言え、他に何がある!」 「し、しかし!」 「『魔女』だ!」 「『虚無の魔女』が出たぞ!!」 「くそう、敵艦上のは囮だ!」「ヤツをこの艦に入れるな!」 「入れるなだと?! 冗談じゃない、どうしろってんだ!!」 「静まれ! 静まらんか馬鹿者ども! 被害を報告! 伝令を出せ! 風石庫に兵を配置しろ!」 混乱する兵士達をいさめようとするボーウッドの後ろで クロムウェルが懐から銃を抜き出す。 ぱんっっ。 乾いた音が響き、ううろたえていた兵の一人が うめき声を上げ胸を押さえて倒れこむ。 「、、、ボーウッド、突撃だ」 クロムウェルが静かに告げる。 「なっ! いえしかし、閣下?!」 「これでも落ち着いて座っておれとぬかすか? 全艦突撃、突撃だ! 我等の敵を根絶やしにせよ! 何をしているボーウッド、 信仰心があるならさっさとやれ!!」 クロムウェルが怒鳴りながら拳をかざし、その指に嵌められた 『アンドバリの指輪』が紫の光を放つ。 ボーウッドの、居並ぶ兵士達の顔から表情が抜け落ちていく。 「見ておれ、『魔女』め、『魔女』め!!」 無言で自分へ敬礼する部下達を見もせず、クロムウェルは 狂気を孕んだ笑いを浮かべ、敵艦列を睨んだ。 † 「ぜ、全滅。 十二騎の竜騎兵が全滅? 三分もたたずにか。 め、眼鏡を掛けたたった一騎の美少女メイジに竜騎兵が十二騎も? ええい、連邦軍の美少女メイジは化け物か。」 「お姉さま、さっきからシルフィの上でうるさいのね!」 ルイズ達が戦うその上空、敵竜騎兵達の間を猛スピードですり抜けながら シルフィードがきゅいきゅいと迷惑げに頭の上を睨む。 「だいたい十二もやっつけてないのね。 シルフィたちまだ四っつしか落っことしてないのね!」 「四騎じゃない。」 タバサが前方の敵を杖で指し示す。 タバサが放ったアイス・ジャベリンを火竜のブレスが一息に溶かす。 すれ違いざまにタバサへとブレスを吹き掛けようと火竜が大きく 息を吸い込んだ、そのわずかな隙に。 シルフィードはあり得ぬ程の急加速で接敵し、180度ロールを行いつつ 敵の上方をすり抜ける。 天地逆の世界、触れ合わんばかりの距離で敵をかすめるその一瞬。 タバサは「眼下」の敵を「見上げ」ながら杖をかざし、ブレスでも防げぬ 回避も出来ぬゼロ距離から、敵兵にアイス・ジャベリンを叩き込む。 火竜から落ちていく騎兵を振り返りもせず、二人は空を翔けぬける。 「これで五騎。」 「なのねっ!!」 † 「くっ、いくらなんでも強引過ぎる!」 じりじりと一進一退を続けていた今までとうって変わり 被害を省みもせずに突進するレコン・キスタ艦隊の猛攻に フェヴィスが声を上げる。 メルカトール号の上からでも、敵陣後方の数艦が突然に 爆発し墜落していく様子は見て取れた。 ラ・ラメーがレコン・キスタ艦隊を睨む。 「奴らめ先ほどのアレからどうも様子がおかしい。 敵竜騎兵も統制を欠いて闇雲に飛び回っておるし 敵艦も砲を避けもせず突っ込んできよる。 しかし、それにしても度が過ぎるというものだ! 殿下、いくらなんでもこれは防ぎようがありませぬぞ!」 「ですが提督!」 アンリエッタが言いかけたその時、砲撃の着弾音と振動がその体を叩いた。 「殿下!!」 吹き飛ばされかけたアンリエッタの体をアニエスが掴んで抱き止める。 「大丈夫でございますか?!」 「お怪我は?!」 「けほっ、わ、私は平気です。 それより、、、」 「右舷外装中破!」 「風石庫被弾! 風石庫被弾!」 「マストに火が移ったぞ、水メイジ!」 「早く火を消せ! 火薬庫に近い!!」 「艦長、風石庫と後尾マストをやられました! まだ浮いては居られましょうが、このままでは追い付かれます!」 「そうか、、、」 報告を受けたフェヴィスがアンリエッタに向き直る。 「殿下、提督、お聞きの通りこの艦はもう持ちません。 退艦のご支度を!」 「そう、そうですか艦長、わかりました。 ルイズ、貴女も退艦の準備を」 「いえ」 「?! ルイズ?」 ルイズがアンリエッタの手を押し留め真っ直ぐに見つめる。 「私はこのフネを降ります。 しかし、姫殿下と一緒には参れません。 殿下、今こそ私の力を使う時なのです。 この『虚無』の力を」 「ルイズ!」 「私があの艦隊を引き止めます。 その為に此処へ来たのです」 「、、、できるの、ですか? そんな事が」 ルイズは『始祖の祈祷書』を腕に抱き、静かに頷く。 「ここではおそらく味方の艦を「巻き込んで」しまいます。 私が敵艦隊との間に入りますので、その間に 殿下は他の艦に移り、全速力で後ろに退いて下さい」 「そんな! 危険すぎます!」 アンリエッタが思わず叫ぶ。 「そういう事なら」 フェヴィスがルイズの横に進みでる。 「私もお供いたしましょう。 艦と命運を共にするのが艦長の務めなのでしょうが、 ここに居るよりは魔女殿と一緒のほうが少しはお役に 立てそうですんでな」 フェヴィスが髭を撫でつつルイズに微笑む。 「ズルいですなあ、艦長」 他の乗員達も杖を掲げルイズの前に進み出る。 「そんな格好の良い役回りを艦長だけに お譲りする訳には参りませんね」 「ふん、困った部下を持ったものだ。 上官を立てるということをまるで知らん」 「そりゃ、上官が上官ですしな!」 「違いない!」 フェヴィスが乗員達と笑いあう。 「という訳です、提督。 姫殿下をお願い致しますぞ」 「心得た、艦長。 魔女殿を頼む」 ラ・ラメーとフェヴィスが互いに敬礼を交わす。 「艦長、、皆さんも、、、」 ルイズは皆を見回した後、アンリエッタへ視線を向ける。 アンリエッタは伏せていた顔を上げた。 「わかりました、ルイズ」 静かに答え、ルイズを見つめ返す。 「命令です。 必ず生きて戻りなさい。 必ずです、ルイズ」 「はい。 仰せのままに、アンリエッタ様」 ルイズは一礼すると艦首へ走り、そのまま空へと身を投げた。 フライ(飛行)の魔法を唱えると、敵艦隊の進路上にある 小高い丘の上を目指す。 「艦長、『虚無』の魔法には長い詠唱が必要です。 それまでどうか時間を稼いでください」 フェヴィスが笑って頷く。 「心得た、ミス・ヴァリエール。 皆、『虚無の魔女』殿は我らが艦を守り戦ってくれた。 今度は我らが彼女を守る番だ。 死なせたとあっては貴族の名折れだ、地獄行きだぞ!」 響く鬨の声と掲げられた杖がそれに応えた。 † 靴の中に入った血ががっぽがっぽと音を立てる。 「あっれ~、ここって前も通ったっけ?」 廊下の先に転がる死体の山を見てシュレディンガーが小首をかしげる。 手にはMP40“シュマイザー”短機関銃を構え、腰にM24型柄付手榴弾を下げ、 背中にいくつもの武器を背負ってよたよたと歩く。 「このフネには前にも来たんだけどなあ、 どこだったっけ、フーセキ庫」 とすっ。 来た道を振り返ったシュレディンガーの胸を長剣が貫く。 「え?」 きょとんとした顔の乗ったその首を、もう一振りの剣がなぎ払う。 「やった、やった!」 「やっと仕留めたぞ!」 「くそう、死ね、死ね! 畜生め!!」 物陰に隠れていた兵士達が一斉に飛び出して、頭をはねられ倒れた シュレディンガーの体を何度も何度も刺突する。 「ひっどいなあー」 のんきな声に恐慌状態だった兵士達の動きが止まる。 そこにあったはずの死体が消え去り、剣が床に突き刺さる。 ゆっくりと声のほうへ目をやると、今まで自分達が殺していた筈の 猫耳の亜人が呆れ顔で立っていた。 「もう死んでるってのにさー」 「ひ、ひいっ?!」 シュレディンガーの手の中でシュマイザーが金切り声を上げ、 反動で照準も定まらないまま辺り一面に無差別な死を撒き散らす。 「ありゃ、弾切れ? んじゃ」 マガジンの空になった銃を投げ捨てると、背負っていた無反動砲を構え いかめしげに眉をきりりと引き上げた。 「パンツァーファウスト、パンツァーファウスト! ファイエルン!!」 降り注ぐ肉片と爆風の中、シュレディンガーが血溜まりから立ち上がる。 「ありゃ、最後の一個だっけ? まーいっか、コレもあるし」 そう言うとシュレディンガーは腰に下げた柄付手榴弾を確認し、 背中のハーネル突撃銃を構えた。 † クロムウェルは瓦礫の中で意識を取り戻した。 体中が軋み上がり、腹腔が焼けるように熱い。 腹から木材が顔を出し、左手はねじれ明後日を向いている。 額の血をぬぐい、ゆっくりと身を起こして辺りを見回す。 「だ、誰か居らぬか、、、」 周りに散らばった兵たちの死体がその声に応える事は無い。 かろうじてレキシントン号は浮かんでいるようだが そこらじゅうから黒煙が上がり、生きている者も見当たらない。 クロムウェルは何が起きたのかを思い出そうとするが 耳鳴りと頭痛がそれを遮る。 だが、何が起きたかは判り切っている。 後方の艦を爆発させ沈めて回っていたあの「アレ」が、 このフネにもやって来たのだ。 足元の船室から銃声と剣戟が響き、叫び声が上がる。 爆発が起こり、船が傾く。 クロムウェルはよたよたとよろけて壁に肩を付き、 そこにあった窓から船外の様子が目に入った。 自軍と敵艦隊とは今だ戦闘が続いているようだった。 その、両陣営の中央。 地上の小高い丘の上に。 「あれは、、あれは、何だ、、、」 黒い球体が、浮いている。 いや、球体なのか? 紫電をまといゆっくりと膨張していくそれは、 光すらも反射せず周囲の景色を飲み込んでいく。 そこを見た時にだけ盲いたかの様に感じる、暗く黒い円。 まるで、世界に空いた「穴」だ。 その「穴」に近づいた竜騎兵が一騎、吸い込まれ消える。 まるで初めから、『虚無』そのものででもあったかのように。 あり得ぬ光景の衝撃にクロムウェルの視線が彷徨い、 その先に少女の姿を見つける。 朦朧とする思考と視界、視認出来る筈もない遥か彼方の丘の上、 しかしクロムウェルはそれが彼女だと即座に認識した。 膨らみ続ける「穴」の下で、杖をかざすその姿を。 もはや全ては終わりだ。 「世界を救う」夢は潰えた。 この命ももう長くは持つまい。 だが。 だが、お前だけは許せるものか。 お前だけは、生かしておけるものか。 お前が「世界」を狂わせた。 クロムウェルの指に嵌められた『アンドバリの指輪』が 静かに輝き、辺りを照らす。 その輝きに応えるように、物言わず転がっていた兵達が 操り人形のようにのろのろと立ち上がる。 クロムウェルは死者の如くに足を引きずりゆっくりと、 死者の群れを引き連れて廃墟と化した艦の中を進んでいく。 大砲の並ぶ砲甲板へと向かって。 † 「性懲りも無くまた来たか、 うっとおしい火(か)トンボどもめ!」 「守れ、魔女殿を守れ!」 「弾幕を張れ、近づけるな!」 「トーチカが崩れそうだ! 錬金と固定化をかけ直せ!!」 「砲撃、六時から来るぞ! 風だ、風で逸らせ!!」 竜騎兵が頭上をかすめ、砲の着弾で土柱が上がる。 自分を守り戦うフェヴィス達の声が遠く聞こえる。 初めて虚無の魔法を使った、あの時の様な絶望への陶酔はなく。 ルイズの心は驚くほどに澄み切っていた。 『始祖の祈祷書』はあるが、心を繋げる為の『水のルビー』は無い。 それでもあの時のたった一度きりの詠唱で、そのスペルは ルイズの頭の中に刻み込まれていた。 虚無の呪文の初歩の初歩の初歩。 『バニッシュメント(追放)』 『虚無の地平』への門が、ルイズの頭上で静かに開いていく。 ―――エオルー・スーヌ・フィル・ヤルンサクサ――― 世界が、たった一人の少女に怯えている。 黄金律が、悲鳴を上げて捻じ曲がる。 ルイズの体があの時のように透き通っていく。 違う世界の自分に出会った、あの時のように。 世界が、あまりに膨大な虚無の力を拒んでいる。 世界に拒まれ、運命に追い立てられたものが 世界を否定し、運命を踏破するための、力。 (姫さま、最後の最後にウソを吐いて御免なさい。 でも、わかってくれるよね。 さよなら、アンリエッタ) これこそが、『虚無』の力。 ―――オス・スーヌウリュ・ル・ラド――― ルイズの命が、細く細くほどけてゆく。 ルイズの存在が、細く細くほどけてゆく。 ギーシュに語った虚無の力の根源。 通常の魔法とは異なる力を根源とする 虚無の魔法の禁忌たる由縁。 単純な事だ。 火の系統のメイジは火の力を操る。 水の系統のメイジは水の力を操る。 風は風を。 土は土を。 ならば。 虚無のメイジは虚無を操る。 虚無とはこの世に在らぬ事。 虚無とは存在しえぬ事。 虚無の力の根源は、術者が「存在する事」そのものなのだ。 己が「ここ」に存在する事実それ自体をすり減らし、 削り取り、そして力へと変換する。 魔術の理法を外れた外道の法理。 (ワルド、あなたは今天国に居るの? それとも地獄? もう一度会って文句の一つも言いたかったけれど、 私はどっちにも行けそうに無いや) これこそが、『虚無』の理(ことわり)。 ―――ベオーズス・ユル・スヴュエル・カノ・オシュラ――― 今ならワルドの気持ちがわかる。 彼は「世界」を掴むため、力を欲したのだ。 ありのままの自分が居ても良い世界。 自分が存在する事を許される世界。 かつてルイズも力を欲した。 それは切望であり、熱望であり、渇望だった。 だがその力を手にした今、理解する。 私が本当に欲しかったのは力そのものではなく、 自分がここにいても良い理由、いても良い世界だったのだと。 その為に、自分がこの世界に在る為に力が必要だったのだ。 そして、今の自分にはそれがある。 皆の笑顔を思い返す。 自分を受け入れてくれる、小さな、けれど暖かな「世界」。 運命を変えられるなんて思わない。 世界を救えるなんて思わない。 でも。 私のこの小さな「世界」だけは。 この「世界」だけは! 髪の毛も 指も 思い出も 骨も。 私の全てをくれてやる そのかわり。 私の大切なものを これ以上何一つだってやるもんか。 運命(あんた)なんかに もう一かけらだってやるもんか!! ルイズの体が虚無と解け合う。 ルイズの存在そのものが、虚無となっていく。 (シュレディンガー、どこかで見てる? バカなご主人様で御免ね) そしてこれこそが、『虚無』の担い手。 ―――ジェラ・イサ・ウンジュー・ハガル・ベオークン・イル ――― ルイズの頭上に空いた穴は既に100メイルを優に超え、 有象無象の区別無く、全てを飲み込み始めていた。 天頂に輝く太陽を二つの月がゆっくりと覆い隠す。 「食」が、始まろうとしていた。 世界は光を失ってゆき、虚無へと通じるその穴の輪郭が 徐々に滲み、ゆがみ、ぼやけて爆発的に膨れ上がっていく。 円の淵からあふれ出した虚無が、狂ったように空を覆っていく。 『虚無』が、運命を、世界を、侵食し始めた。 。。 ゚○゚ 「やったね、ルイズ」 幾筋もの黒煙を立ち上らせるレキシントン号のマストの上。 シュレディンガーは迫り来る虚無への穴を満足げに見つめ、 優しく微笑みつぶやいた。 (おめでとう、ボクのご主人様) † 「あれが、『虚無』の力、、、」 ラ・ロシェール駐留艦隊の中央、戦艦イーグル号の上。 アンリエッタは敵艦隊を飲み込んでいくその異形の力を 固唾を呑んで見守り、ただ祈った。 (さっきの声は、まさか、、、? ルイズ、ルイズ、無事でいて! 始祖ブリミルよ、その末裔に何とぞご加護を、、、) † 「、、、冗談でしょ」 ラ・ロシェール領主邸の庭先。 敵も味方ももはや戦っているものなど無く、遠くに見える その信じがたい光景にただ目を奪われている。 世界の終わりのようなその光景に身を震わせるシエスタを キュルケは優しく抱き寄せる。 (ふふ、なんて馬鹿馬鹿しい力なんだこと。 いいぞ、やっちゃえ、泣き虫ルイズ) † 「制御不能! 制御不能!!」 レコン・キスタの戦艦同士が空中で衝突し、しかし 墜落する事も許されぬまま穴の中へと飲み込まれていく。 魔法も使えぬ一般兵が叫び声を上げ船から身を投げ出すが、 その体は宙に浮き、ゆっくりと虚無の穴へと引きずられていく。 もやのように漂い混じる虚無の境界面が、意思在るものの様に 兵士の体を包み込み、その悲鳴ごととぷりと飲み込む。 「あの下にいるはずだ! 『魔女』だ、『魔女』を狙え!」 地上に向かって何発もの砲弾が打ち出されるが、 その全てが虚無の穴の引力によって軌道を逸らされ、 あるいは穴の中に吸い込まれる。 「ちくしょう、魔女め、魔女め! 『虚無の魔女』め!! お前は、お前は一体なんなんだ!!」 † (これが、あのお嬢ちゃんの魔法だってのか) 虚無の穴の真下。 砲撃に吹き飛ばされて地面に倒れたまま、 フェヴィスは空を覆う虚無の力を見上げていた。 部下達はすべて倒れ、自分ももう長くは持つまい。 だが、彼は笑っていた。 (生きながらえて祖国の滅ぶ姿を見るよりはと思っていたが、 なんてこった。 ははは、神かけて、なんてこった! こんな死にぞこないの命を懸けた甲斐があったってもんだ) 満足げな笑みを浮かべると、フェヴィスは ゆっくりとその目を閉じた。 † 「そうだ、世界を救うのだ」 広がりゆく虚無の力に捕らわれ傾いたレキシントン号、砲甲板。 物言わずのそのそと動き回る死人たちを率いて、 クロムウェルは火薬と砲弾をつめた砲を地上に向ける。 熱に焼かれて白く濁ったその目は、見えるはずの無い 桃髪の少女の姿だけをはっきりと捉え、ねじれ曲がって 動くはずの無いその腕で、狙いを定めた砲を支える。 「虚無よ、お前は『ここ』に在ってはならぬのだ」 レキシントン号が虚無の穴にゆっくりと飲まれ終えるその刹那。 轟音が響き、一発の砲弾が地上へ向けて放たれる。 その砲弾は虚無の穴の引力とこの世界の重力とに導かれ、 あり得ぬ軌道を描いて地面に到達した。 そして。 砲弾は土柱を高々と立ち上げて、 杖を掲げた少女の体をぼろきれの様に空に放り投げた。 。。 ゚○゚ 前ページ次ページ確率世界のヴァリエール